第7話・ふにゅふにゅで、もにゅもにゅで、ずっしりと重くてめちゃくちゃ温かい。

 中学の卒業式が終わり――私はその足で浮世がいる神社へ向かった。正直に言って寂しくて仕方が無かった。会いたくて会いたくて震えた。

 学校・日常面でリジュのサポートをし、自分も奨学金をもらえるように受験勉強をする必要もあり、結局中学生の身でありながらネットを使ってバイトをしたり……何かと忙しかった。

 そのせいで浮世との時間はめっきり減ってしまい、一年近く会っていなかったかもしれない。

 別れを惜しむような学友もなく、卒業アルバムの最後のページは真っ白だけど、それはそれでいい。

 何を差し置いてもいち早く、浮世に会いたかった。

「どうしたのじゃ、最近はめっきり顔を出さんかったのに。何か嫌なことでもあったか?」

 そこには、ほどほどに片付けられたお堂の中で、静かにお茶を飲む狐女神様の姿。何も変わらない――綺麗で、可愛くて、ちっちゃい美女だ。

 私が逃げる場所として活用していた秘密基地としての面影は、あまりない。

「あった」

「ほう、何があったのじゃ?」

「浮世に会えなかった」

「それはそれは……」

 念動力と言うのか、神通力と言うのか、とにかく人智を超えた力(ちから)で私は浮世のすぐ近くまで引き寄せられ、正座をさせられた。

「どの口がほざくのじゃ? 薄情者め」

「あれ……なにさ浮世さん、嫉妬してた?」

「うむ」

 おっと――と。この瞬間に受けた多大な感動はまだ覚えている。

「背丈もいつの間にか……抜いてくれおって」

 それはだいぶ前に達成したが、敢えて言うまい。良いムードなんだから。

「……来月で汝も高校生か」

 正座したままの私を優しく見下ろし、頭を撫でられる。これに弱いことを知っててやってるんなら相当の策士だ。

「おう」

「……綯子」

「なにさ」

 神社で浮世と過ごす一時ひとときは、今でも至福だ。久しぶりだというのに全くアウェー感がないし、むしろ家にいるときよりも落ち着く。

「妾の嫁になれ」

「いいよ」

「んなっ」

 クールだった浮世の表情が崩れる。わなわなと口元を緩め、頬を真っ赤にした。

「なんだよ」

「も、もっと真剣に考えんか」

 考えるもなにも……。何の問題があると言うんだろう。ボケでも冗談でもなく、浮世がそう思ってくれてたのは純粋に嬉しかった。

「別に考えたところで答えは一緒だし」

「何故? やら、これからどうしよう? やら思わんのか? 妾は今後も存在し続ける神なのじゃぞ?」

「いや今更だって。何年生きてるとか生き続けるとかは実感湧かないけど……私、浮世のこと好きだし」

「そうか……まぁ汝のそういうところも……嫌いではない」

「で?」

「で? とは?」

「浮世ちゃんはいつから私のこと大好きなの?」

「だ、大す……そういう事を軽々しく口に出すでない!」


×


 空白の時間を埋めるように私達は語り合った。

 三月と言っても日が暮れるのはまだまだ早くて、橙色に染まる神社は、徐々に藍色へと変わっていく。

「いろいろやってきたが……信者が一気に増えたのはあのときじゃな」

 どんな流れだったか覚えていないが、どうして浮世は今、そんなに徳の高い神として存在しているのかを聞いたんだと思う。

「時代が時代なら……水害を止めたとか飢饉を防いだ、とか?」

「ノストラダムスの大予言を回避させたとき」

「お前私より先に地球滅亡救ってるの!?!? つか割と最近!」

 私ギリギリ生まれてるし。

「あれが妾の力だと知られてしまってな。超越的な力を求めて多くの者が殺到してしまってのぅ。この神社にはある結界を張ったのじゃ」

「結界?」

「そう。妾のことを知らず、かつ本気で妾を求める人間のみが立ち入れる結界を、のぅ」

「んで……私が迷い込んできた、と」

 あのときは確かもう父さんはいなくて……母さんと喧嘩して、家に帰りたくなくてこの辺をウロウロしてたんだよな。

「そうじゃ。最初は乳臭いガキが来たと辟易したがのぅ、まさか乳を執拗に所望するマセガキとは思わなんだ」

「そんなマセガキを旦那にしていいのか?」

 浮世はその小さい体躯で私の腰に手を回す。こんな直接的に愛情表現をされるのは初めてで、ドギマギが止まらんかった。つうか普通に理性が危ないことになった。

「マセてはおるがガキではないじゃろう? 立派に成長しおって。ほれ」

「ん?」

 私の腹にうずもれながら話す浮世の顔は見えない。だが、何をしてほしいのかはすぐにわかった。

「散々してやったじゃろうが。そろそろ汝からもするべきじゃと思うがのぅ」

 ぐりぐりと押しつけてくるその頭を――この右手で、はじめて、撫でた。

 高級な毛皮を撫でているような感触。ふわふわで、もふもふで、ほのかに温かくて。

 これまでの人生では味わったことのない幸せに、触れた気がした。

 と思ったら左手でおっぱいを触っていた。がっつり。ふにゅふにゅで、もにゅもにゅで、ずっしりと重くてめちゃくちゃあたたかい。この世全ての『幸福』がここに詰まっている。

「やはりまだまだガキ、じゃのぅ」

 やれやれと言ったように、されど責めることもない浮世。

 そして謝りつつどちらもやめない私。

 夜が更けていくのを、これほど早いと感じたことはなかった。

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