第6話・なんでこの女の子達は、好きな人に暴力を振るったり、脅すようなことを言うんだろう?

 私は両親を失った悲劇の主人公として地域や学校内から腫れ物のような扱いを受けながらも中学へ進学。

 どうやって戸籍を獲得したのか知らないし、校長がなんと言ってOKを出したのかも知らないがリジュも同じ中学に通うこととなった。

 狭い狭い1DKのアパートは既に漫画や小説でいっぱいにあふれかえり、リジュとの会話もそれがメインだったことを覚えている。

「うーん、やっぱり面白いなぁ」

「何を読んでるの、リジュ」

 家事は交代制。料理を作ってもらえば皿洗いをし、服を洗ってもらえばお風呂を洗うなど、お互いに別段不満をこぼすこともなく、それなりに良好な関係を保っていた。

 料理をしつつ、足をパタパタさせて何かを読みふけるリジュに話し掛けた。

 家からあまり出ないからかはたまた宇宙人特有なのか一点のシミもない純白の肌。たまにキラキラときらめきを放つ銀髪。スラリと健康的に伸びた手足。適度に実った乳房。今現在のリジュともそう変わりのない風貌だ。

「えっとね、『やはり私の青春とバカとテストとマヨネーズとチキンと恋がしたい中二病と妹がこんなに可愛くて友達が少なくて憂鬱でデュラとハサミの使いようなわけがない旅のお仕事はとあるゾンビワールドオンラインですか? 救ってもらっていいですか?』っていうライトノベルなんだけど……すっっっっごく面白いの!」

「あーラノベか。あんまり読まないな」

「どうして? こんっっっっっなに面白いのに!」

 弁に熱が入るリジュ。相当お気に召したらしい。確かに連日ネットニュースで売り上げだとかアニメ化だとかが騒がれているし、その作品がかなりの人気作というのはわかる。だが、

「いや……どう考えてもタイトルが長すぎだろ。詰め込みすぎっていうか……タイトルってのはやっぱり短い方がいいんだ。短い文章に、いかに深い意味を込めるかってところが、作者や担当編集の腕の見せ所だと思う」

「そういうものなのかなぁ」

「そういうもんだ。タイトルが百文字になったり、ネットスラングが盛り込まれるようになったらいよいよおしまいだな。嘆かわしい日本語力低下の露呈だ」

『雪国』『羅生門』『蟹工船』『檸檬』『坊ちゃん』等々……優れた名作は常に短く纏まり、それでいて美しい。

「でも意外だなー」

「何が?」

「トーコちゃんってこういう、いやらしい扉絵とか挿絵で興奮するんじゃないの?」

 某有名絵師が手がけるギリギリR指定を通り抜けたであろうイラストを、リジュは見せつけた。

 残念ながら私は二次元絵では興奮しない。むしろ、リジュという女子がスケベなイラストを手にしているという状況が下半身をいじめる。

「……甘いな。私は純文学と官能小説の狭間にいる奴が好きなんだ」

「そうなんだ、勉強勉強」

 テーブルに広げていたノートに何かを記入するリジュ。料理を置くついでにチラ見すると『トーコちゃん完全支配心得その76・絵でなく文章で興奮』と書かれていた。うん、短くてよろしい。

「でもなんでこの女の子達は、好きな人に暴力を振るったり、脅すようなことを言うんだろう?」

 我ながら質素な食事を二人でとっていると、さも疑問そうに呟いた。

「そりゃああれだろ、あいゆえに、だろ」

「アイユエニ?」

「そう。好きな人を想うあまりに、その人を独占したい。誰にも触れさせたくない。自分だけを見て欲しい。一生離れないでほしい。できることなら身も心も一つになりたい……そんな動機から、そういった行動をしてしまう」

「た、確かに……」

「ん?」

 相槌が噛み合っていないような気がして一度会話を止めるも、お目々をまん丸にして首をかしげられてしまう。

「それで?」

「ああ、ええと……いわゆる、ヤンデレってやつだな」

 あれ、ちょっと待て。まさかこれ……私が……いらん知識を……植え付けなう?

 知識のひけらかしが楽しくて楽しくて仕方が無い思春期特有のトリビア公開実施中……?

「ヤンデレ……トーコちゃんは、こういう女の子、どう思う?」

「まぁ一回は憧れるんじゃないか、可愛い子からめちゃくちゃ想われるってのは」

 待て私。回想だけど待て。それ以上いけない。

「そうなんだ……!!」

「あーでもやっぱりそれはフィクションの中だからであって……」

 フォローに入るも時既に遅し。リジュは集中状態に入り、私の言葉はもう届いていなかった。

 さっさと飯を平らげ、皿を洗い、ちょっと考え事があるからと寝室に行ってしまったリジュ。

 そうだ……この時私は気づいておくべきだったんだ。彼女が変わってしまったことに。

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