第2話・全人類を守る算段

 全てはあの河原だ。

 そう――私の善意が招いた涙無しでは語れない悲劇は、小学二年生の際、河原にてエロ本ついでにリジュを拾ったことから始まった。

「あっ……ホームレス……いや、家出少女だ」

 同じ学年でありながら遙かに低俗な脳しか有していない児童達と馴染めず、度々たびたび河原に出掛けてはエロ本を回収していた私は、その日もいつもと同じ場所へ出向きお宝を求めていた。

 しかし巨大な橋の下に存在したのは、パツキン美女が上裸で微笑む聖書ではなく、膝を抱えてヒックヒックと涙を垂らす情けない銀髪の少女だった。

「どったのさ」

 震える肩を叩いて聞いてみる。

 この時私は丁度、ホームをレスしたうら若き女子高生をOLが自宅に連れ込みいかがわしいことをする芸術的価値の高い映像資料に目を通したばかりであり、もしかすると私にもそんなチャンスがあるのではと一瞬考えたのだ。

 小学生だったからな、仕方ないだろう。動機が不純かそうじゃないかは関係ない。大事なのは『河原で一人涙に暮れる少女』へ手を差し伸べたか否かなのだ。『やらない善よりヤる偽善』とはよく言ったものである。

「ぅ……ひっく……」

「ダメだよこんなところで泣いてちゃ。中から外は見えるのに外から中が見えない魔法の鏡が張られた車に連れて行かれちゃうぞ」

「っ……だ、だって……」

 ああ、回想ということで若干の思い出補正があるかもしれないが、この時のリジュは本当に可愛かった。儚げというか、守ってあげたくなるというか……。そもそも今、あの元気印が涙を流す場面などほとんどない。

「私……悪い子だったのかなぁ……だから私……お母さんに……うっうっ……捨てられちゃったのかなぁ……」

「! ……そっか、お前も……」

 まぁ私は別に捨てられたわけではない。父が未成年と淫行をはたらき檻の中でその贖罪を全うしている間、母と二人暮らしをしていたこともあっただけだ。

 だけど――少しなら気持ちがわかった。

 一方的な都合で……親と離ればなれになる気持ちが。

『(綯子とうこ、お父さんな、ちょっと遠い場所にいかなくちゃならなくなった』

『なんでよ……。今年こそ遊園地に連れていってくれるって言ってたじゃん』

『ごめんな。でも父さん悔いはない。若くてぴちぴちのギャル食えたし』

『食え……えっ?』

『綯子もな、犯罪になる前にいろいろヤっておくんだぞ』

 そういって私の頭を撫でた父の手のひら……今でも覚えてる。あの気色悪さ、決して忘れない。本気で死ねばいいと思っているが、日本の刑法は不備だらけでどうにもならない。

 その直後に親父と淫行した女子高生がうちにやってきて『これは同意だったの! 久晴ひさはるさん(父)は何も悪くないの!』とかほざき始めて、おかんと殺し合いになったのも……覚えてる。あれが人生初の修羅場か……。

「地球上の……全人類を滅ぼすまで帰ってきちゃだめなんだって……」

「そっか。地球上の……ん、え?」

「出来ないこともないけど……というかやろうと思えば二秒後に完遂できるけど……でも……でも……蟻が一生懸命作った巣にガソリン流して火を点けるようなこと、かわいそうでできないよ……」

「そ、そっか~。優しいんだねキミ~」

 命の危機を感じたんだ。ここまで電波なことを言われても彼女が嘘を吐いていないと確信できるほど、不気味な威圧感が溢れていたんだ。だから私はとにかく、得意の口八丁で地球を救うと気軽に決意する。

「で、でもさ、今それやっちゃってもあんまり意味ないんじゃない?」

「……どういう事?」

「キミ、なんで怒られたんだっけ?」

「だからそれがわからないから「でしょ? ならやっぱりまだ早い」

「えっ……?」

「二秒後に地球人を滅ぼしたとして、そしたらキミ、えっと、自分の星? に帰るんだろ?」

「当たり前でしょう? こんな小さな星にいつまでもいたくない」

「だったらほら、なんで怒られてんのかわからないまま帰っても、また怒られるだけだ!」

「そうなの……?」

「そうさ。いいか? 大人っていうのはいつもずるをするんだ」

 大人のずるさについて小学三年生時点で感じ取っていた自分を褒めたい。

 確かこの前日に『教科書で見る女体はよくてアダルト向け雑誌で見る女体はダメという論には承服しかねる』『先生が勧めてくれた村○春○の小説にはク○○○スという言葉が載っていて、調べたらW○kip○diaには堂々と○○ト○○の画像が掲載されていた。もう何が正義で何が悪で何がエッチで何が真面目なのかわからない』といった非常に有意義な口論をしていたからだろう、大人のずるさを思い知っていた。

「キミ、名前は?」

「………………リジュ」

「リジュか」

「本当はもっと長いけど……どうせ地球人じゃ理解できない」

「そ、そう。……じゃあさリジュ、私と来なよ」

「えっ……なんで?」

「まずはどうしてリジュが親に怒られたのかを考えてみよう。それで結論が出たあとに地球人を滅ぼして家に帰る。その方が良くない?」

「…………でも……」

「大丈夫! 私も一緒に考えてあげるからさ。ほらっ行こう!」

 もちろん私はその時、リジュが考えついた『怒られた原因』を全て否定し、帰れなくし、全人類を守る算段だった。

 だけど――掴んで引っ張ったリジュの手がいやに冷くて、早く温かいモノを食べさせたいと思ったのも、また、事実だった。

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