6-2 贖うのなら
「なーんて、思ったけど。ボクが死んだ方が早かったね? 世継ぎの立場でせいぜい苦しむといいよ」
ライアスは短刀の切っ先を、弟ではなく自身の喉へと向ける。
場を支配していた圧力が緩んだ瞬間、リアナーレはとっておきの武器を取り出し、セヴィリオを押しのけるようにして飛び出した。
「馬鹿な真似はやめなさい!!」
ぱしん。乾いた音の後、短剣は床へとはたき落とされる。
リアナーレの鞭は見事ライアスの手元に命中し、自害を阻止した。
王宮に戻るなり、マリアンから預かっていると渡されたばかりの新しい武器だ。
彼女には「セヴィリオ様とそういうプレイをされるのですか?!」とあらぬ疑いをかけられたが、それでも頼んでおいて良かった。
初使用で使いこなしてしまうとは、リアナーレは自分の才能を恐ろしく思う。
「死なせてもくれないんだ」
ライアス王子は珍しく無表情だった。彼の殺風景な顔と曇った目を、リアナーレは気味悪く感じる。
「殿下。個人的な感情で国を危険に晒すなど、貴方は大罪人です」
「だから死んでお詫びするつもりだよ? 生きることにも、もう飽きてしまったし」
ライアスは力なく立っていた。元から自死するつもりでいたに違いない。
リアナーレはつかつかと歩み寄り、遠慮なく王子の頬を掌で打った。乾いた音が薄暗い部屋に響く。
「贖うつもりなら生きなさい。贖うつもりがなくても生きなさい」
「言ってること、無茶苦茶だ」
「この国には貴方の力が必要です。貴方なら、この不毛な戦争を終わらせることができるはず」
万事に優れた人間の気持ちは、一点突出型のリアナーレには分からない。呪いの影響のことだって、全く分からない。
ただ、自分を満たすため、好き勝手に地位を利用し、それが上手く行かなくなったら死に逃げようとするのは違うと思った。
ライアスが正しく力を発揮すれば、諸国とのバランス関係を是正し、戦争終結を実現できるはずだ。
「ボクに何のメリットもないよ。王を精神的に追い詰めて実権を握ったのは、ボクに聖女を与えてくれなかった父への嫌がらせ。王になりたかったわけじゃない」
ライアスは玩具を買ってもらえず、拗ねた子どものように呟く。
「聖女様は玩具じゃないの」
「そんなこと、分かっているよ」
ライアスの目が一瞬揺らぐ。人間らしい感情が浮かんだことに、リアナーレは驚いた。
恐らく、その場にいたセヴィリオとエルドも、彼の泣きそうな表情が何を意味しているか悟っただろう。
この男は本当に、聖女様を好いていたのだ。経緯も背景も知らないが、間違いない。
「聖女様から、一つ貴方に伝言があります」
「お叱りの言葉?」
「いえ、違います」
リアナーレは、強い足どりでライアスに近づいた。内緒話をするように、背伸びをして彼の耳に語りかける。
「――――。――――」
ライアスだけに聞こえるよう、喋りたかった。そのために近づいたのだが、言葉を伝えきらない内にセヴィリオが邪魔しようとする。
「リアナ、早くそいつから離れて」
「総帥、抑えて、抑えてください……!」
「アイツが何をするか分からない、危険だ!」
暴れるセヴィリオをエルドが羽交い締めにし、必死になって止める。
彼はリアナーレの護衛としてではなく、セヴィリオのストッパーとして同行していたのかもしれない。
流石元部下、リアナーレが言わずとも、どうして欲しいかを察してくれる。
お陰で残りの言葉を言い終えることができた。
「あ……」
全てを告げると、それが合図だったかのようにリアナーレの右手が発光した。淡く、青紫の光が肌に浮かび、粒子となって宙を舞う。
リアナーレの意思ではない。きっとこれも、聖女様が組み込んだ奇跡の一部なのだ。
未来予知はできないと彼女は言っていたが、全て嘘だったのではないかと思う。
「リアナ!? 何をされた!?」
「大丈夫。これ、聖女様の力みたい」
聖女様の清らかな気配を感じる。
彼女の使命は、王家に根付いた呪いを排除し、神への信仰を強めること。その対象はセヴィリオだけではない。
優しく温かな光が、立ち尽くすライアスを包む。
「何もしない。もう何もしないから、一人にしてくれないかい?」
粒子に抱かれ、ライアスはそう言った。彼の肌を覆っていた黒い紋様は、セヴィリオの時と同じく、灰のように散っていく。
「行きましょ」
リアナーレは念のため、先程鞭ではたき落とした短剣を拾い、玉座の間を後にする。
セヴィリオは納得いかないようで、不機嫌な顔をしていたが、リアナーレの心は晴れやかだ。
きっとこれから、シャレイアン王国に新たな時代が訪れる。期待に満ちた予感があった。
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