6-3 終わり良ければ?*

 ライアスのあの様子からして、もう変な気は起こさないだろう。

 大きな犠牲なく済んだことに安堵して、リアナーレは自室へと戻る。


「リアナ様、ご無事で何よりです!」


 主の帰還に衛兵が扉を開けると、一番にルーラが飛びついてくる。どうやら、扉付近で待っていたらしい。


「リアナ様〜! 戦地へ赴かれていたと聞きました。ご無事ですか? 怪我などされていませんよね?」


 来客用のテーブルに座っていた巻き髪の女性も、リアナーレを見つけるなり慌てて駆け寄ってきた。マリアンだ。

 どこからか情報を入手したのか、心配してわざわざ王宮まで赴いてくれたのだろう。


「二人とも心配してくれてありがとう。私は大丈夫。マルセルたちもこの数日のうちに引き上げてくると思う」


 可愛らしい女性二人に囲まれ、心配され、リアナーレは悪い気がしなかった。

 女が好きというわけでも、男になりたいわけでもないのだが、彼女らを前にすると庇護欲に駆られ、紳士らしく振る舞いたくなってしまう。


「本当に良かったです〜、旦那様のために戦地へ向かわれるなんて、カッコ良すぎます!!」

「そのような事情があったのですね!? 間違いなく、後世に語り継がれる伝説ですわ!」

「リアナ様が殿方だったら……私、絶対恋していました」

「奇遇ね、メイドさん。私もきっと、リアナ様のお嫁様候補に手を挙げていました」


 きゃっきゃと話に花を咲かせる女子たちに、セヴィリオは何も言わない。

 邪魔だという顔をしているが、流石の彼も面識の薄い女性相手には、強くあたれないのだろう。


「総帥、この人をどうにかしてくださいよー。俺のこと軽いだとか、女たらしだとか言う癖に、一番たらしこんでるの、貴方の嫁さんなんすけど」


 僻みなのか、エルドはセヴィリオを刺激する。彼が余計なことをしてくれたせいで、第二王子の目の色が変わった。

 折角、本来の澄んだアイスブルーを取り戻したというのに、目から光が消え、淀んで見える。


「リアナ、僕は女性相手にも嫉妬しなければならないの?」


 まずい。このままいくと、マリアンとのお茶会すら監視されるようになる。

 危険を感じたリアナーレは、女子二人にぎこちない笑顔を向けた。


「まさか。こういうのは女同士の、ごっこ遊びのようなものだから……ね?」


 ルーラの顔からさっと血の気が引いた。舞い上がっていて、後ろに控える男の存在に気づいていなかったのだろう。

 彼女は首がもげそうなほど勢いよく頭を下げる。


「す、す、す、済みません〜! 私などがお邪魔してしまって、本当に申し訳ありません〜っ!」

「ルーラちゃん、俺の方が絶対隊長より良い男だよ。だから、俺だけを見て」

「ひっ!」


 元部下はすかさずメイドを口説き始める。彼女に熱を上げていることは分かったが、未だにエルドの女性関係を信用することができない。


「ちょっとエルド!!!」

「リアナ、こっち」


 リアナーレは突如腕を捕まれ、男の力で寝室へと強制連行される。


「待って、セヴィー! 私のメイドが! ルーラが! 汚される!」

「心配しなくとも、二人ともそれなりに正しい判断ができる歳だよ」


 一人蚊帳の外であったマリアンは、周りの様子を見て「あら、まぁ」とだけ呟いた。





「セヴィー、怒ってる?」

「怒ってない」

「怒ってるでしょ」

「違う」


 ベッドに押し倒されたリアナーレは、覆いかぶさる男の前髪をさらりと撫でる。

 言葉と裏腹の不貞腐れた顔を見て、思わず笑ってしまう。


「そんな子どもみたいに拗ねないでよ」

「拗ねてないってば」

「……ぁ」


 セヴィリオは噛みつくようなキスをした。荒々しい口づけにも拘らず、髪を撫でる手つきは優しい。


 今、彼が求めているのは聖女様ではなく、リアナーレだ。

 リアナーレのことでつまらない嫉妬をして、独占欲を剥き出しにしている。


 嬉しい。


 リアナーレは長い口づけの後、蕩けた顔でセヴィリオに好きだと伝える。

 たったそれだけで彼は拗ねるのをやめ、強く抱き締めてくれた。


「可愛い。可愛い。僕以外にそんな顔見せたら駄目だからね」

「私を可愛いと思う物好きなんて、そういないから安心して」


 足を絡めて、互いの体を擦り寄せる。

 可愛い女の子たちの前で格好良く振る舞っていたリアナーレだが、今はセヴィリオにとっての、可愛い存在でありたかった。


「約束だったからね。ちゃんと覚えてるか確かめないと」

「〜っ!!!」


 耳元で囁かれ、息を吹きかけられる。

 生きて帰れたら続きをすると、しばらくお預けされていたのだ。


 戦地での甘い一時を思い出し、リアナーレの体は熱を持った。急に恥ずかしくなり、腕で顔を覆う。


「隠したら駄目だよリアナ。こっち見て」


 セヴィリオに腕を掴まれ、強引に顔から引き剥がされたその時。


 ガラガラガッシャーン!! パリン!! きゃあ! ごめんなさい〜っ!!!


 寝室と通路の境目にある、薄い扉を一枚挟んだ向こう側から、何かが落ちて砕け散る音と、ルーラの涙声が聞こえてくる。

 

「ちょっと待って」

「何?」

「すぐ隣にまだ人がいると思うんだけど。しかも、結構音が漏れそうなんだけど」

「大丈夫。そのうち出ていくよ」


 リアナーレは力を振り絞って腕の拘束を解き、男の下から逃れ出る。

 皺くちゃになったシーツにクルまると、蓑虫のように丸まった。


「ぜんっぜん、大丈夫じゃない!!!」

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