3-7 ヒーローは遅れて現れる

「遅い、遅すぎる」


 リアナーレは空腹に耐えきれず、男たちから奪った干し肉を噛み締めていた。

 すぐに助けが現れると思いきや、誰も訪れる気配がない。ついには日が暮れ始め、あと少しすれば小屋の中も真っ暗になるだろう。


「ねぇ、貴方たち。誰に雇われて、何の目的で私を攫ったの?」


 味のしなくなった咀嚼物を飲み込んだところで、リアナーレは縛り上げられた男たちに尋ねる。

 立場はすっかり逆転していた。何も知らない者が今の状況を目の当たりにしたら、どこかの極悪娘が男を縛り上げて遊んでいるように見えるかもしれない。


「知らねぇよ」

「俺らは金貰って、指示された通りに動いただけだからな」

「依頼主の顔は?」

「さぁな。外套と仮面で隠してやがったから、どんな男か見ちゃいねぇ。ああ、でも最初に話を持ってきた奴は如何にも金持ちそうなデブだったな」


 男二人は本当に依頼主の素性を知らないようだった。


 傭兵というのは、雇い先への忠誠心を大して持ち合わせていないので、戦場でも命の危険を感じたら一番に逃げ出す。

 よって、もし何か知っている情報があれば、それと引き換えに命乞いをするはずだ。


「よくそれで依頼を受けたわね……」

「三年は遊んで暮らせる金額だったんだよ。男遊びの激しい聖女様を、拉致監禁するだけって聞いてたしな」

「手出しをするなって言われてたのに、お前が余計なことするからこうなったんだ!」

「はぁ!? お前だってどうせ、あわよくばって思ってたんだろうが!」


 二人がくだらない言い争いを始めたので、リアナーレは小屋の中に積まれている埃っぽい藁に寝そべった。


 自由の身になってから外の様子も探ってみたが、一面広い畑が続くばかりで、人影も乗って来たはずの荷馬車もどこにもない。

 下手に見知らぬ土地を歩いて彷徨うよりは、小屋で助けを待った方が良いとリアナーレは判断した。


 幸い、畑に実った野菜と井戸はあるので、 拝借すれば餓死することはない。遅くとも収穫祭が終わる頃には、畑の持ち主が現れるだろう。


「ここで依頼した奴と落ち合うはずだったんだが来ねぇな。お前、やっぱり偽物か?」


 攫った張本人たちも不審に思ったらしい。リアナーレも次第に不安になってきた。


 偽物といえば偽物だが、一応、本物の星詠みの聖女リアナ=キュアイスということになっている。失踪したとなれば、それなりの捜索隊が組まれるはずだ。特に、セヴィリオが溺愛するリアナを放っておくとは思えない。


 そもそも、リアナーレは未だセヴィリオこそが首謀者ではないかと疑っている。もしかしたら彼の身に、ここへ来れないような何かがあったのかもしれない。


 顔を合わせたらどんな嫌味を言おうか考えていたリアナーレだったが、彼が無事ならそれで良いと思うようになっていた。





 外が騒がしい。リアナーレはだらしなく口から漏れていた唾液を拭い、ゆっくりと体を起こす。

 無防備にも藁の上でそのまま寝ていたようだ。男たちも静かなので、縛られたまま眠っているのだろう。


「総帥! 危険です、俺が行きますって!」

「煩い、お前は当てにならない」

「そもそも聖女様を放置したのは総帥でしょ」


 聞きなれたセヴィリオとエルドの声だ。リアナーレは揉めるのなら静かに揉めろと思う。中まで丸聞こえだ。


 真っ暗な倉庫をゆっくりと歩き、リアナーレは建て付けの悪い扉を開ける。

 剣を手に険しい顔をしていたセヴィリオは、躊躇うことなく土と埃まみれの聖女様を抱き締めた。


「リアナ!」

「……セヴィー、遅い。今何時だと思ってるの」

「良かった。生きてる」

「生きてるし、元気だし、今最高にお腹が空いてる」

「怪我は……なさそうだね。男に汚されたりしてないよね?」


 彼は動揺していた。聖女様の体を撫で回して無事を確かめている。

 あそこに縛られている二人に襲われそうになったと話したら、一面が血の海に染まりそうなのでリアナーレは胸に秘める。


「全部、セヴィーが仕組んだことじゃないの?」

「仕組む? 僕が?」


 彼は瞬きを繰り返した後、眉間に皺を寄せた。

 リアナーレは自身の推測が外れており、セヴィリオの気分を害したことに気づくが、既に手遅れだ。


「君に少しでも危険が降りかかるようなこと、僕がするわけない。それともリアナは僕を、そんなことをするような男だと思ってた?」

「いや、そういうわけでは……。ただ、余りにも事が上手く運びすぎていて、第三者の企てとは思えなかったというか……」


 リアナーレは視線を彷徨わせながら、必死の言い訳をする。

 セヴィリオはピリピリとした空気を纏わせて、棒立ちしているエルドを睨みつけた。


「有事のために見張らせていた護衛も、役立たずたったからね」

「俺は偶然、殿下に話しかけられてたんすよ。流石の俺でも、あの方は無視できません」

「あんなところにアイツがいたと? 苦しい言い訳だな」

「ホントなんですってば! それより酩酊させた上に、置き去りにしたのは誰でしたっけ」

「黙れ。リアナは酒が好きだと思っていたんだ」


 男二人は聖女様を放って責任を押し付け合う。セヴィリオの不機嫌の矛先がエルドに逸れたことはいいが、リアナーレは早く快適な住まいへと戻りたかった。


 丁度その時、リアナーレのお腹が驚くべき音を立てて鳴った。二人は口論を止めて、音の出どころをまじまじと見つめる。


「私は無事だし、細かいことは後にしましょ。お腹が空いて倒れそう」

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