3-6 可憐な化け物
「だっさ、やられてやんの」
「うるせぇ! 見てないでどうにかしろよ!」
「指図すんなって」
リンゴを食べていた男は、果汁に汚れた手を服で拭う。ようやくやる気になったらしい。
余裕に満ち溢れた顔をしているので、一応警戒したが、ただ単に彼は聖女様を舐め腐っているだけのようだ。
リアナーレが手に短刀を持っていることを忘れ、力でねじ伏せるつもりだったのか、何も考えず丸腰で真正面から突っ込んでくる。
やはり、状況判断力、戦闘能力ともに大したことない。
リアナーレは男が間合いに入ったところで体を回転させ、後ろ手に持ったナイフで斬りつけた。男はすんでのところでかわし、目の下を痙攣させる。
「何なんだ、この女……」
かつてはこのくらい、いやもっと酷い死線を越えてきた女ですけど。
残念ながら口が塞がれているため、答えてやることができない。
リアナーレはじりじりと後退り、二人との距離を置く。その間に、緩んだロープから手首を無理に引き抜いた。
多少手を痛めたかもしれないが、男たちの慰み者になるよりはましである。
腕が自由になってすぐ、リアナーレは口の拘束と詰め物も外す。この時既に、勝機が見えていた。
「ふぅ。これでようやく自由に動ける」
戦女神の時のようには戦えないが、以前の体で積んできた経験や鍛錬は、決して無駄にはならないだろう。感覚は未だリアナーレの頭に残っている。
あとは、聖女様の体でどのくらい動けるかを計算して、力の出し方や戦い方を調整してやればいい。
「お前、何者だ?」
「さぁ。お前たちは誰を攫ったんだっけ?」
不敵に笑うリアナーレを前に、男たちは焦り始めたようだ。聖女様と間違えて、別人を誘拐してしまったとでも思ったのかもしれない。
彼らはついに腰に下げていた剣を抜き、女相手に二人がかりで切りかかってくる。
「うおおおおおおっ!」
「もう少し考えなさい」
リアナーレは細い方の男に狙いを定め、手に持ったままの短剣を投てきした。顔を掠める位置を狙って放ち、動揺を誘う。同時に、リアナーレは男の方へと駆けた。
まさか剣が飛んでくるとは思っていない男は、驚き、大袈裟に左へと避ける。
そうなるようリアナーレが仕向けたことではあるが、相手から視線をそらしてはならない。
「ぐえっ!?」
すれ違い様、リアナーレは持っていた縄をお返しした。男の首に引っ掛けたのである。そのまま後方へ勢いよく引っ張れば、柔らかい喉元に太い縄が食い込む。
ふむ。紐の類は非力な人間が扱うには丁度良い武器だ。
気づきを得たリアナーレは、帰ったら気軽に持ち運びができるものを考案しようと思う。
「……かはっ、ごほっ、ごほっ、……うぐっ!?」
首を絞められた男は後方へよろめき、地面へと崩れ落ちる。聖女様は無慈悲にも、咳き込む男の喉を締め上げた。
「貴方はどうするの?」
「くっそぉ!」
呆気にとられ、立ちすくんでいた小柄な男は煽られて我に返る。
目の前で相方があっさりやられたというのに、先ほどと同じように剣を手にリアナーレへと突っ込んできた。
彼から取り上げた短剣は既に床の上。リアナーレの手はもう一人を締め上げるために塞がっている。今度こそ、雑な攻撃が通るとでも思ったのだろうか。
「準備しといて良かった」
スカートの裾下から、リアナーレは細身の短剣を二本取り出す。マリアンに頼んでいた例の物である。
誘拐する際、男たちは隠し持った武器を確認する余裕までなかったらしい。
三日前に受け取ったばかりで、まさかこんなにも早く実践で試す機会が訪れるとは。
男は無駄に大きく振りかぶり、リアナーレに切りかかる。描ける軌道が丸わかりだ。向かって右上から、斜め下。振り下ろされるであろう場所とは反対の床に、リアナーレは自ら体を滑り込ませた。
すぐに体勢を立て直し、盛大に空ぶった男の首筋に銀の刃を突き付ける。
「ば、化け物だ……」
「化け物って、乙女にそれはないんじゃない?」
「どこが乙女だよ!」
「強く、美しく、可憐でしょ」
リアナーレは上品に笑ってみせる。残虐な行為を好まぬリアナーレではあるが、男がこれ以上抵抗を示すようであれば、このまま首を切り裂くしかなかった。
幸いにも、命が最優先で諦めの早い傭兵は萎えてくれたらしい。剣を放って両手を上げると、膝を床につく。
これにて一件落着。あとは遅刻した王子に説教をするだけだ。
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