3-8 御用です

「聖女様、本日はどのようなご用件で」


 汗を拭いながら、財務大臣は星詠みの聖女の部屋を訪れた。

 この日呼び出したのはリアナーレの方だ。呼び出された時点で彼には思い当たる節があったのだろう。異様な部屋の空気に怯える大臣は、いつもより一回り小さく見える。


 それもそのはず。閉じられた扉の横には軍服姿の護衛が立ち、来客用のテーブルセットに背筋を伸ばして座る聖女様の横には、無表情のセヴィリオが控えていた。

 財務大臣には、聖女様が第二王子と軍を掌握する恐ろしい女に映るだろう。


「タリス様、貴方の仕業だったのですね」


 リアナーレは結論から述べる。そこには怒りも悲しみもない。用意された台本通りに淡々と、断罪を進行するだけだ。


「な、何の話でしょうか?」

「男を雇って私を攫ったでしょう?」


 聖女様は鋭い眼光を向ける。淑女のふりをするよりも、怖い女になりきる方が、リアナーレにとっては容易だった。

 氷つくような静寂の中、タヌキじじいは震え上がる。


「ま、ま、まさか! どこに証拠があるというのです!? また占いの結果ですか?」

「いえ、これは占いではありません。依頼主に関する犯人の供述と、貴方の外見が一致します。また、声も貴方によく似ていると確認がとれています」

「外見と声など、似た人物はいくらでもいるだろう」


 大臣に似た人物となると、見た目と、声だけでかなり絞ることができると思うが、リアナーレはその点について深くは追及しない。さっさと、もう一つの切り札に移る。


「これでボロが出れば万々歳。出なくてもボクがどうにかするよ!」


 そう言ったのは、この茶番を考案した人物、ライアス=シャレイアンだった。

 救出されたリアナーレが王宮に戻った矢先、彼は思い当たる節があると介入してきたのである。


 セヴィリオは終始、兄に噛みつく隙を伺っていたが、結局流されるまま今に至っている。


 リアナーレは寝室へと続く狭い通路の方を一瞥してから、大臣に向かって話し始める。


「貴方、五日前に城下の会員制レストランを利用されていますね? 依頼はそこで行われたと、実行犯の供述で明らかになっています」

「そうだったかな……あそこには良く行くから訪れたかもしれないな」

「大臣ともあろう方が、五日前のことすら覚えていないのですか? いずれにせよ、レストランから言質はとれています。タリス大臣が、珍しいお客様をおもてなしをされたと」


 弱い根拠から順に並べ、本当は確信的な証拠を掴んでいるのだと言わんばかりに回りくどく、じわじわと攻めていく。

 言い逃れが苦しくなってきたのか、タリス大臣の言葉の節々に焦りと荒っぽさが滲み出す。


「そんなもの、不確かだ! 私に罪を擦り付けようとする、誰かの陰謀に違いない。とにかく私は何も知らない。私を犯人に仕立て上げたいというのなら、もっとましな証拠を持ってくることだ!」


 剣の柄へと伸ばされるセヴィリオの手が横目につく。彼は、事件の起きた昨日からずっと機嫌が悪い。

 リアナーレは素知らぬふりをしているが、事件発生を許してしまった自分への失望、防げなかった周りへの苛立ち、そして何故か介入してきた兄への不満が複雑に入り混じっているように見えた。


「その証拠だけど、ボクじゃあ駄目かな?」


 死角になっていた室内の狭い通路から、高貴な身なりの人物がひょっこり顔を出す。

 同時に、セヴィリオが短く舌打ちする音が聞こえた。


「殿下ぁっ!?」


 タリス大臣は裏返った声で叫ぶと、その場に尻もちをついた。

 ライアス王子はニコニコと楽しそうにしているが、目の奥は笑っていない。いつもそうだ。表情は柔和なのに、瞳孔が開きっぱなしのような印象を受ける。


「実はその日、ボクもお忍びでレストランにいてね。君が取引をするところを見ていたんだ」

「何かの見間違いでは……」

「別に真相はどうだっていいさ。だって、ボクが白と言ったら白だし、黒と言ったら、何でも黒になるんだよ?」


 王子は大臣を上から見下ろして、微笑んで見せる。リアナーレよりも余程攻撃的で、性格が悪い。


「そ、そ、そんな……」

「でも、今ここで白状したら、もう一度くらいチャンスをあげようかな。そこの弟は納得いかないだろうけど」


 セヴィリオは端正な顔を歪め、兄を睨んでいた。

 ライアスは気に留めることなく、床にひっくり返るタヌキに「どうするの?」と聞く。  

 

「ひっ、ひぃっ! 私が、私がやりましたっ!」


 大臣の額からは見てとれるほど、大量の汗が染み出ている。


「そうか、やっぱりね。聖女の力が目障りだったんだよね」

「は……はい、もう二度とこのようなことはしませんので、どうか、どうかご慈悲を……っ」


 プライドを捨て、タリスは床に額を擦りつけた。

 王子は弱った獣をいたぶって愉しむように、絶望を突き付ける。


「チャンスをあげようかな、とは言ったけど約束はしてないよ」

「そんなぁ……」

「まぁいいや。処遇は後で考える。ということでボクが預かっても良いよね、聖女様?」


 やはり関わりたくない男だとリアナーレは認識する。

 セヴィリオの冷酷さに頭を抱えていたリアナーレだったが、常識人の仮面を被った兄の方が危うい人物かもしれない。


「私は無事だったので、どうこうしようとは思っていません。どうぞお好きに」


 聖女様が告げると、ライアスは放心する大臣を連れて部屋を出た。


「一件落着……かな」

「納得いかない」


 ゆっくり首を回して凝りをほぐすリアナーレの横で、セヴィリオは不満を漏らす。


「何が?」

「あの男のこと」 


 ああ。財務大臣のことか、とリアナーレは思った。


 聖女様を溺愛するセヴィリオからしたら、大臣を拷問した上、処刑でもしないと気が済まないのだろう。

 彼に任せたら間違いなく私情を挟むので、ライアスが間に入ってくれて良かったのかもしれない。



 

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