3-5 真の狙い
誘拐され、運び込まれたのは、どこかの農作業小屋だった。土なのか、板張りなのか、分からぬほど汚い床にリアナーレは転がされている。
荷馬車は随分と走り続けたため、王都からはかなり離れた場所だろう。
しばらく意識が戻らぬふりをして様子を伺っていたが、どうも雲行きが怪しい。
「綺麗な姉ちゃんじゃねぇか」
「そりゃ聖女様ってんだから、清く美しいだろうよ。ああ、汚してぇなぁ」
「止めとけ。俺らが殺される」
「少しくれぇならバレないだろ」
女を連れ去ったら、大体はその発想になるよな、とリアナーレは呆れる。このまま呑気に寝ていたら、助けが現れる前に襲われるかもしれない。
戦女神時代であれば、この程度の拘束は引きちぎっていただろうし、そもそも酒を飲んで酔い潰れることすらなかった。
現時点で存在が確認できているのは、下卑た会話をするこの男二人だけ。歩き方やオーラから、手練ではないと感じる。
隙を突けば、今のリアナーレにも勝機があるだろう。但し、体を縛る縄が解ければ、の話だが。
腕の紐は縛りが甘かったのか緩んでいるので、あと少しで抜けそうだ。
「へへ、ちょっと味見しようぜ」
リアナーレが密かに格闘している間にも、男の足音が近づいてくる。リアナーレはパチリと目を開けて叫んだ。
「んんんん! んんんんんんっ!」
口を塞がれているので、言葉は生まれなかった。それでも男をひるませるには十分だ。残念ながら、リアナーレは清く、美しく、大人しい聖女様ではない。
手を出そうとしていた小柄な男と、奥の荷箱に腰を下ろす痩せた男を、リアナーレは交互に睨む。
二人とも、三十代半ばに見えた。無精ひげが生え、衣服もくたびれており、小汚い印象だ。やはり、傭兵の類だろう。
「うわっ、起きてやがったのか」
「だから止めておけって言ったろ」
襲う気満々だった男は、唸るリアナーレを前に立ち止まる。
細い方の男は興味なさげに、手に持っていたリンゴを齧った。
自分が男に好かれる女でないことを、リアナーレはよく理解している。このまま気持ちが萎えてくれればありがたい。
「なんだ。思ったより野蛮な女だな」
そうでしょう! 手を出す気なんて起きないはず!
「まっ、じゃじゃ馬ならすのも愉しいもんよ」
どうしてそうなる!?
男は一度動きを止めたものの、リアナーレの威嚇を無視して再び距離を詰めてくる。
もう一人は全力で止めるつもりはないらしく、何も言わなかった。気怠げにリンゴを齧り続けている。
「久しぶりの若い女だ」
「んんんんん!!」
リアナーレは汚い床を這う。小柄な男は芋虫のように蠢く聖女の背中に馬乗りになって、逃げられないよう固定した。
ちょっと!!! 早く助けに来てよ、セヴィリオ!!!
リアナーレの推測では、犯人はセヴィリオということになっていた。最初から、全部仕組まれていたことに違いない。
筋書きはこうだ。
まずは恋人を狙った犯罪が横行していると印象づける。これは甘い触れ合いを正当化するにも丁度いい。
次に、聖女様が酒に弱いと知っていながら、気づかぬふりをして酒を飲ませる。
良い具合に酔っぱらったところで場を離れ、その隙に雇ったならず者に誘拐させる。
最後に囚われの姫を助けるべく、颯爽とセヴィリオが現れて、ハッピーエンド。姫はもれなく王子に惚れる。
自作自演の陳腐な幸せ物語だ。
ところが、今まさに、現実は筋書きから外れようとしている。
雇った演者の質が悪すぎる。台本を無視して、王子の到着前に姫を手籠めにしようとしているではないか。
そろそろセヴィリオが現れてくれないと、聖女様は見知らぬ男に純潔を奪われることになる。
恐怖の感覚が麻痺している元戦女神でも、流石にゾッとした。
男にドレスの上から尻を触られると、嫌悪感から鳥肌が立つ。
こんな男に犯されるくらいだったら、さっさとセヴィリオに身を委ねれば良かったのだ。愛されていなかったとしても、その方がまだましだった。
男の手が足へと伸びる。そうだ。行為をするにも、足を縛り上げているこのロープは邪魔なのだ。
リアナーレの想像通り、男は取り出したナイフで足の拘束を解く。
――なに弱音を吐いている。諦めてなるものか。私は王子様の助けを待つ、か弱い姫ではないだろう!
リアナーレは自らを叱咤し、足が自由になった瞬間、ありったけの力を体に込める。
秘密の鍛錬の成果があったのか、なかったのか。男が油断していたお陰でもあるだろう。リアナーレは真横に転がることで、男の下から抜け出した。
体勢を崩した男の頭をすかさず膝の骨で打つ。非力なリアナの蹴りでも、骨を当てればそれなりに痛むはずだ。
更にもう一発。状況を理解できていない男の手を蹴り飛ばす。衝撃でナイフがカラカラと地面を滑った。
リアナーレは地面に尻をつき、背中側で拘束されている手でなんとか拾う。
誰を攫ったのか、思い知らせてやろう。
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