第4話


「どうして!!」


 僕は共に宇宙へ行くことを提案した。しかしシオンにその提案を拒否されてしまう。


「……カズラが共に行くことは無意味だわ。私一人が人類の存在した証になればいい」


「嫌だ! シオンが宇宙に行くのなら、僕もついて行く」


「それがどういう事か分かっているの?」


 シオンは真剣なまなざしで僕を見る。また叩かれるかと思ったが、今度は落ち着いた様子で諭すように語り掛ける。


「計画の立案者たちは、ドレイク方程式を応用して様々な確率を計算していたわ。まず、このロケットが原型を留めている間に他の知的生命体に発見される可能性は、およそ三十億分の一。コールドスリープした私が彼らに発見され、再び息を吹き返す可能性は、二百五十五兆分の一。どちらも、ほぼあり得ない確率なの」


「そんなの……行く意味ないじゃないか」


「行く意味ならあるわ。奇跡の起こる確率が例え那由多なゆたの彼方でも、それは滅びゆく人々の最後の希望になる。きっと地球が元の環境に戻った時、目を覚ました人たちは人類の再興が不可能な事に絶望すると思うの。けれども、広い宇宙のどこかで、人類の存在した証を届けに私が旅を続けているとすれば、ほんの僅かでも心の慰めになる。だから私は行かなければならないわ。この先が例え永遠に続く暗闇だったとしても」


 シオンの瞳から涙がこぼれる。本当は寂しくて辛くて怖い。だけども、口では大層な御託を並べて強がって見せる。例え身体は成長しても心は昔と変わらない、僕の良く知るシオンのままだ。


「だったら、僕がついて行っても良いじゃないか。シオンは怖いんでしょう? だったら僕が一緒に行く。一人では耐えられない旅でも、隣に誰かが居てくれるのならきっと怖くない。本来の計画なら、他にも目を覚ます人が居て、一緒に宇宙へ行く予定だったんじゃないの? その代わりを僕が引き受けてもいいじゃん」


「あのねカズラ……このロケットに乗り込んだら、天文学的な確率の奇跡が起こらない限り意識が戻ることは無いの。それは、死とほぼ同義だわ。カズラは私と一緒に死ぬつもりなの?」


「……自分の死に場所ぐらい、僕が自分で選ぶよ。どうせまた、あの地下でコールドスリープしても、二度と目を覚まさない可能性だってあるんだから。だったら僕は、シオンと一緒に宇宙に行きたい」


「どうして……死ぬのが怖くないの?」


 僕は一瞬言葉に詰まる。それは、死を恐れたからじゃない。もっと単純な言葉が口先から漏れそうだったから。


 けれども、その言葉はいつか伝えたかった言葉であり、今を逃せば永遠に伝えられないだろう。僕は意を決して口を開く。


「シオンの事が好きだから。最後の瞬間まで一緒に居たいんだ」


 シオンは真面目な表情で僕を見つめる。僕もシオンを見つめる。しばらくの間、そうして見つめ合っていたが、僕は急に気恥ずかしくなり、視線を逸らす。


 シオンは急に噴き出して笑う。


「な、なんだよ」


「いや、勝ったなって思って」


 僕は更に恥ずかしくなって、髪をくしゃくしゃと掻く。その様子が面白かったのか、シオンは更に笑い声を上げる。死んでしまいたいほどの羞恥心に苛まれるが、その感情が一周回って可笑しくなって、いつの間にか僕も一緒に笑っていた。


 シオンは笑いながら涙を拭いて語る。


「実はカズラが目覚めた時にはロケットの修復は終わっていたの」


「そうなの!?」


「うん。でも、最後にカズラにお別れを言わずに行くことは、どうしてもできなかった。だから、辞書を探して来てもらうなんて、くだらない仕事をわざわざ作って目覚めさせたの。私はカズラみたいに単純じゃないから、その手伝いの為って理由なくちゃ目覚めさせられなかったわ」


「それじゃあ、僕があんなに苦労してたのって……」


 シオンは蠱惑的な笑みを浮かべる。


「人類の文化を持って行きたいのは本心よ。でも殆どの理由は、私の照れ隠しの為ね」


「ひどい!」


「あはは。でも、カズラが辞書を探している間に、ロケットの機能を色々と拡張できたの。例えば、地球と変わらない環境の星を見つけたら、その星に降り立ってコールドスリープを解除するようなプログラムを搭載したり……ね」


「え!? それじゃあ……」


「可能性は異星人に発見されるよりも低いけれど、本当に気休め程度の希望だわ。そんな場所に辿り着いて意識を取り戻すなんて、ご都合主義の物語じゃなきゃあり得ない。だけど、もしもカズラが一緒に来てくれるなら……」


 シオンは端末を操作して、複雑な文字列の並ぶ画面を表示させる。


「私は人類の証としてではなくて、人類の一人としてカズラと一緒にその新天地を探しに行きたい。きっとそこは、絵本の世界と同じような素敵な場所だと思うの。そこでカズラと一緒に生きていきたい」


「……最初から言ってるじゃないか。僕はシオンと一緒に行くってさ。それに、その新天地にだって、今の時代に知的生命体が居ないだけで、これから先の事は分からないじゃん。何か遺跡みたいなものを造れば、後世に向けた人類の証になるかも!」


「確かにね! そのためには文明と認識されるぐらいの規模の開拓をしなくちゃ。ドローンは積み込めるだけ積み込むとして……それでも自分の頭で考えられる司令塔は二人じゃ心もとないわね……新天地の環境によっては、子供を作るのが手っ取り早いかな」


 シオンは端末の画面を操作しながら、さらりととんでもない事を言う。


「な、なにを言い出すんだよ!」


 僕が顔を赤らめるとシオンはニヤリと笑みを浮かべ、僕の腕を掴んで抱き寄せた。


「あら、ついて来るのなら、しっかり働いてもらうわよ。私の事が好きなんでしょ?」


「い、いや、えっとあの……」


「……ありがとう、カズラ」


「……うん」


 こうして、僕はシオンと共に宇宙へと行くことになった。人類の証としてではなく、シオンと共に新天地に人類の爪痕を残す開拓者として。


 それは、天文学的な確率の奇跡を願う、あまりにも子供じみた願望だったとしても、僕たちにとって十分すぎる希望だった。

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