第5話


 出発は早い方が良いだろう。決意が揺らがないように。翌日、僕とシオンは復元されたロケットに乗り込む為の準備に取り掛かる。


 ドローンや操作用の電子端末を余剰スペースに運び入れる。これは中性子やミュオンなどの宇宙線にも耐性を持つ造りになっているから、新天地でも稼働が期待できるとシオンは言っていた。僕には何の事だかさっぱり分からないが、シオンが大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。


 次に食料である。宇宙の旅はコールドスリープした状態で行く為、道中の食料は必要ない。しかし、もしも新天地に降り立った際、コールドスリープを解いてから食べるものが無く餓死してしまっては笑えない。


 これについては、この基地の中に保存されていたレーションを運び入れた。味気は無く、とても食べ物とは思えない代物だが、栄養価は高い上に僕らが地下で眠っている間も保存状態に問題が無かったのだから、きっと宇宙の旅にも耐えてくれるだろう。


 シオンはロケットの設定を変更したり、最終チェックをしたりと、僕にはできない仕事で大忙しだった。どうしてこの基地の設備や、反重力ロケットに関する知識があるのか尋ねると、地下でコールドスリープする前に詰め込まれたモノらしい。


「さて、それじゃあ行きましょうか」


「……うん」


 準備を終えた僕とシオンは、ロケットに乗り込むためにボーディングブリッジを進む。窓が無く閉塞的な空間。シオンは無言で、何かを考えているのか険しい表情だった。


「不安なの?」


 僕は尋ねるがシオンは無言のままだった。


 やがて、前方にロケットのハッチが見える。荷物の積み込みを行った時に開けたハッチをそのままにしていた為、ここからでも狭いロケットの内部が見える。


 これから僕はこれから、あの小部屋の中で宇宙を巡るのだ。いつ目覚めるのか、もしかすると永遠に目覚めないのかもしれない、悠久の旅。けれども、その旅は決して孤独ではない。それだけで、幾千万の眠りにも耐えられるような気がした。


「そういえばさ。カズラに昨日の返答をしてなかったっけ?」


 シオンは突然立ち止まって言った。


「何のこと……ッ!」


 突然、シオンは僕の身体を抱き寄せる。そして、額に口づけをする。


「私も好きよ、カズラの事。だから……ごめんね」


 夢見心地に身をゆだねる僕を、シオンは勢いよく突き飛ばす。体のバランスを崩し、視界の揺らぐ僕は何が起こったのか理解できず、一瞬だけ頭が真っ白になる。その隙に、シオンはロケットのハッチに向けて駆け出していた。


「シオン!!」


 慌てて起き上がりシオンの後を追う。しかし、シオンはロケットの内部に潜り込むとハッチを閉めて中からロックをかけてしまう。


「何やってんだよ! 早くここを開けてよ!」


 僕は力の限りを尽くしてハッチを叩く。腕を振り下ろすたびに、痺れるような痛みを感じるが、構わず拳を固い扉に向けて叩き続ける。


「カズラ……あなたは地下に戻ってコールドスリープで未来の地球に行って頂戴。そして、同じように辿り着けた人たちに伝えて。人類の証は宇宙そらへ飛び立ったと。終焉の先にも道は続いていると、希望を届けてあげて」


「何を言ってるんだ。僕はシオンと一緒に行くって言っただろ! 一緒に新天地を見つけて……」


「そんな新天地が本当にあると思っているの? 仮にあったとしても、そこに私たちが辿り着けると? 可能性はあるわ。でも、現実的な確率じゃない。この先に待っているのは、氷漬けのまま永遠に広い宇宙を彷徨い続けるだけ。昨日も言ったけれど、これはただ死に行くようなものなの。カズラが付き合う必要は無いわ」


「だったらシオンが行く意味も無いだろ!」


「だから、私が行く意味はあるの。私が人類の証として、どこかの知的生命体に存在を認知される可能性そのものが希望よ。残された人たちにとって大切なのは、箱の中の猫が生きているか死んでいるかではないの。まだ蓋の空いていない箱にこそ希望を見出せる。例えその箱の中身が絶望だったとしてもね」


 ロケットから唸るような音と振動が伝わる。シオンが内部でロケットの反重力装置を起動させたのだろう。


「今から大切な事を伝えるわ。このロケットも、かつて人類が繁栄していた時期に作られたものとはいえ、完成から随分時間が経っている。できる限りの修復はしたけれど、万全とはいえないわ。そもそもの話、このロケットで地球の重力圏から逃れられる可能性は二十パーセント前後なの。だから……もしもカズラの目の前でこのロケットが墜落したとしても、後世の人たちにその事を伝えてはだめよ」


「どうして……どうして今になってそんな事を言いだすんだよ。昨日は僕の事を受け入れてくれたじゃないか! さっきだって……。僕はシオンとなら死んだって構わない。だから……!」


「ダメよ。カズラは生きて頂戴。そして、あの絵本の世界で美しい景色をその目に焼き付けて。私は、カズラに貰ったこの本があれば大丈夫。だから……」


 ハッチを覆う様に両サイドからボーディングブリッジのゲートが閉まる。僕は最後までロケットのハッチを叩き続けたが、最後にはゲートに阻まれてしまう。


 ロケットの飛び立つ振動と轟音が世界を包む。その中心で僕は、意味のない言葉を叫びながら、泣き崩れていた。

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