第3話
「私もカズラと同じように、未来の地球を託されてコールドスリープに入ったわ。けれど、私にはカズラとは違う任務が与えられていたの」
「任務?」
シオンは悲しそうに目を背ける。
「人類再興計画には致命的な問題があったの。コールドスリープの為の機器の寿命が、果たして環境が再構築されるまで持つのか、という問題がね」
「え!? それって……」
人間を氷漬けにする為には、機械の力が不可欠だ。コールドスリープはただ冷やせば良いというものではなく、中の人間を解凍した際に五体満足で復活できるよう、細かな調整が不可欠だ。
その為の機械が故障すれば、中の人間は氷付いたままその生涯を終える事になる。機械に寿命があるのなら、地球が元の環境が戻った時に無事な人はどれだけいるのだろうか。いや、もしかしたら誰も生きていないのかもしれない。
ふと、シオンに呼び覚まされた時の事を思い出す。あの倉庫のような地下空間に並んでいたコールドスリープの中には、明らかに稼働していないように見えた物がいくつかあった。コールドスリープのピットは棺桶の様だと思っていたが、あの中には本当に死者が閉じ込められていたのだ。
「ええ。人類再興計画は、生き残った全人類の命を掛け金に壮大なギャンブルをするようなものだったの。機械にも個体差があったから、想定よりも早く壊れたり、逆に長く持つこともあるみたい。そして、その事実を人類再興計画の立案者たちは想定していたの」
「……それと、シオンが皆よりも先に目覚めた理由は関係あるの?」
「ええ、もちろんよ。立案者たちは、もしも賭けに負けた時の為に、代わりの作戦を立てていたの」
シオンは空を仰ぐように天井を見る。
「人類の再興には、最低でも五千人の人間が必要と試算した。もし、存命の人間がこの数値を下回れば、環境が整っていたとしても、資源や労働力の不足、近親婚による遺伝子の多様性の欠落などで、人類は数世紀で滅亡するそうよ。そこで立案者たちは、生存者が五千人を切った時点で、人類の再興を諦める事にしたの。そして、一部の人間を目覚めさせて、別の任務を与えていたの」
「人類の再興を諦める? 別の任務?」
衝撃的な話に僕の頭はついていけない。
「ええ。人類が存在したという証として宇宙へと飛び立つというものよ。それが、私に与えられていた任務。私自身が、異星人に向けての人類の証となる計画よ。本当は他にも同じ命令を受けた人がいたけれど、既にコールドスリープから目覚められなくなったみたい。結局、私一人で宇宙へ行くことになったわ」
「ちょっと待って、シオンがその任務の為に目を覚ましたのなら……」
「もしも仮に地球が人間の生きられる環境に戻ったとしても、文明の再興は難しいという事ね。もしも来年、奇跡的に環境が激変したとしても、生き残っている人達が地上に出てから何世代かを経て、人類は完全な終焉を迎える事になるわ。笑っちゃうわよね。最盛期には七十億人を超える人間が生きていたというのに、今ではその十万分の一以下しか生きていないなんて」
「そんな……じゃあ、今からコールドスリープに戻ったとしても……」
「きっと今生き残っている人たちのうち、何割かは新しい世界に辿り着けるでしょうね。だから、安心して頂戴。カズラはきっと大丈夫。例え人類の復興が叶わなくても、そんな事を気にせず、豊かな自然に満たされた世界で残りの人生を謳歌すればいいわ」
僕は二の句を継げなかった。人類の再興は不可能? そんな事はどうだっていい。僕にとって一番大切な事は、シオンと一緒に生きていくことだけだ。
「……シオンは宇宙へ行ったらどうなるの?」
「私が再建しているロケットには、地下にあるものと同じコールドスリープが搭載してあるの。そこで、肉体が劣化しないように保存されるわ。この計画が持ち上がった時に、設備が生き残りそうな施設はここしかなかった。けれども、もともと軍事基地だったから、人間の搭乗を想定したロケットは無かったのよ。私が数年前に目を覚ましてから、ここでして来たことは、生き残っていた工事ロボットを使って弾道ミサイルにコールドスリープを積み込んだだけ。後は、細かい整備ね。本当は他にも手伝ってくれる人がいたハズだったけど、一人だからこんなに時間がかかっちゃった。それとも、私の要領が悪かったのかな?」
シオンは自虐的に笑う。けれど、シオンが性格をよく知っている僕になら、作業が遅れた理由が分かる。
「寂しかったんでしょ? だから、ずっと一人で仕事もせずに泣いていたんだ。シオンはいつも強がってばかりなのに、誰かが傍にいてあげなくちゃ何もできない女の子だもん」
「……そうかもね。カズラが目覚める前の事なんて、忘れちゃった」
そう言ってシオンは僕の髪を撫でる。僕が女の子と言った事に対する当てつけだろうか。
「そんな寂しがりやなシオンが、一人で宇宙に行くなんて無理んだよ。だからさ、こんな誰も期待なんてしていない任務は放棄して、一緒にコールドスリープに戻ろう。人類の再興は無理でも、きっと一緒にあの絵本の世界で同じ時間を生きていけるよ」
「それは……ダメだよ。誰かが宇宙に行かなくちゃ。もしも地球の環境が戻らず、何もかも消え去ってしまったとしたら、この宇宙に私たちが存在した証も消え去ってしまう。それぐらいなら私は、この広い宇宙で私たちの事を覚えていてくれる誰かを探しに行くたびに出るわ」
「シオンが……やらなきゃいけない事じゃない。きっと他の誰かが宇宙に行っても問題ないはずだよ。そうだ、コールドスリープの中で眠っている人は沢山いるんだ。その中には、機械の不調で目覚めなくなった人もいる。その……死体を宇宙に打ち上げれば……」
シオンは悲しそうに首を横に振る。
「あの地下からこの基地まで、コールドスリープを運ぶ技術が無いでしょ。重機は無いし、工事ドローンでは出力不足だし。何より、そんな酷い仕打ち私にはできないわ。この仕事は、孤独な宇宙の旅を受け入れた人の役目よ」
シオンは僕の提案を拒絶した。何としてでも、宇宙へと旅立つ気でいるのだ。それならば、もう僕にはこの道しか残されていない。
「じゃあ、僕も一緒に宇宙へ行くよ」
彼女は驚いたように目を開いて僕の事を見る。そして、口元を一瞬だけ緩めたかと思うと、険しい表情で言った。
「……ダメだよ。それだけはダメ。私は一人で宇宙に行く」
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