第53話 終焉の魔王 #3
「いいいっ――!?」
言葉にならない悲鳴。
瞬間的にルナが選択したのは、防御ではなかった。「壁」では耐えられないと直感が告げていた。
代わりに、魔力を「ビーム」のような形態で両手から放出する。
――二色の魔力が、正面から激突した。
魔力操作も何もない。ただ蛇口を全開にして、魔力を生み出すそばから撃ち出し続けるだけだ。
だからこそ巨人の放つ桁外れの力を、ルナはなんとか堰き止めることができていた。
ルナと桜花の【魔力】が衝突して荒れ狂い、ほとんど瓦礫の山と化していた魔王城の残骸を蹂躙する。
「やるじゃんカドーブ」と、アイ。
「無駄口! 押さえてるうちに……っ!」
「りょーかい」
返答の後半は爆発的な加速に乗って遠ざかる。
アイの接近に気付いた巨人は、身体から「枝」を伸ばして迎撃した。
――アイは、不要な痛覚情報を遮断する。
「枝」の攻撃を軽やかに躱しながら、荒れ狂う二色の魔力に照らされ勇者は駆けた。
ルナとの打ち合いに魔力と意識を注がざるを得ないためか、巨人の攻撃には、アイを仕留め切るだけの鋭さを欠いているように見えた。
巨人の胸部から放たれた「レーザービーム」は、ルナの防壁を破壊し、【終焉の剣】すらも打ち破ることを狙った渾身の一撃であり、だからこそ力の源である胸部から放たれたに違いない。だがここで攻撃を止めては、正面からぶつかっているルナの【魔力】が巨人の胸を――貴重な魔力源を、撃ち抜くことだろう。
一方のルナの側も、もちろん友人を撃ち抜く意志はない。かといって放出を止めれば、すぐさまルナ自身が消し飛ばされる。
状況は、引くに引けない読み合いの段階へと移行していた。
その膠着状態を動かすのが――勇者、アイの存在だ。
極端にシンプルな勇者の行動原理は、計算という言葉から最も程遠い。【知恵の魔族】をかき乱すには確かに適任だった。
唯一の計画は「桜花を型抜きする」という一点のみ。
それ以外のすべては白紙のまま、それでも臆さずに巨人の懐に飛び込んだ。そこでアイが眼にしたのは、巨人の胸部へ向かってぽつぽつと階段状に伸びる、空中に浮かぶ紫色の「足場」であった。
アイは、にっ、と笑みを浮かべる。
「魔王様は勇者使いが荒いね!」と迷いなく階段に飛び乗り、空中を駆けた。
「速く……限界だから!」
応えるルナは、歯を食いしばっている。
片手で巨人の「レーザービーム」を相殺しながら、もう一方の手を掲げ、足場を創り出していた。だが魔力照射に割ける力が減ったことで、徐々に巨人の放つ【魔力】が優勢となり、ルナの身に迫りつつあった。
アイは紫色の足場を蹴り、巨人の胴体に迫る。足場と足場の間は優に数メートルは離れ、しかも急角度で上る形に設置されている。アイの身体能力なくして利用不可能な設計だ。
光の巨人も、手をこまねいて勇者の接近を許すはずがない。
巨体から次々と放たれる【魔力】の矢が勇者を襲う。アイは狭い足場の上にも関わらず、軽やかな動きで攻撃を回避して見せる。
ルナの魔力で生み出された足場も無事では済まない。巨人の攻撃を受け、僅かな足場が崩壊してゆく。だがルナは、壊されるそばから足場を新しく生成した。無秩序に崩れ、また生まれる不安定な足場。
それでも空中を駆けるアイに迷いはない。ルナが勇者の足を必ず受け止めてくれると、何の疑いもなく信じているようだった。
「――っ!」
極度の集中と限界を超える魔力使用に、ルナの眼から血が流れる。
赤く染まる視界の中で、アイはついに巨人の胸元へ辿り着いた。
アイは最後の跳躍を行うべく、足場を強く踏みしめる――だが、空中に浮かぶ紫色の足場が、突如、消失する。
瞬間、アイの身体は宙に投げ出された。
「ルナ!」
鋭い声に、ルナは、途切れかけた意識を呼び戻す。
頭を振って、ぎり、と噛み締めた口の中には鉄臭い味が広がった。
再び生み出した魔力の足場は、なんとかアイの落下を食い止める。
「っし、もうちょい……!」
アイが両脚に力を込め、巨人に飛びかかろうと身構えた――その時。
勇者の足は力を失い、その場にがくりと崩れ落ちた。
「ここでかよ……!」
常人離れした運動神経と意志の力があれど、生物の身体強度は有限だ。ハデスの杭が貫通したあと激痛を無視して酷使されていたアイの足は、とうとう限界を迎えたのだった。
見上げるアイの瞳に映ったのは、大きく開かれた巨人の「口」から、神々しい【魔力】が放たれる光景であった。
「やばっ――!」
――衝撃が、空気を切り裂いて。
魔力の直撃を喰らったアイは、地面へと叩き落とされた。
「――アイ!?」
ルナの動揺は、絶え間なく生み出し続けていた魔力に僅かな歪みを生じさせた。
その歪みのもたらした影響は絶大で、そして決定的だった。
山吹色の【魔力】は、ついに、ルナが放出する深紫の【魔力】を凌駕する。
押し留めていた破壊の奔流がルナを襲い――思考は、光の中に飲み込まれた。
◆
「……う」
ルナは呻いて、薄く眼を開いた。
(いき、てる……?)
真っ赤な視界の中で、アイが、ふらつきながらも剣を支えにして立ち上がる。大剣を盾にダメージを軽減したのだろう。
……よかった。あの勇者は、ほんとうに頑丈だ。
ルナは、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた思考を整え、なんとか自分の置かれた状況を理解しようと努めた。背中に当たる硬い感触から、瓦礫か、壁に背を押し付ける形で立っているらしい。
魔力の直撃を受けて生き延びられたのは、おそらく、無意識に障壁を展開したためだ。
しびれる手を開閉する。
……大丈夫、動く。まだ、できる。
(……桜花ちゃん……)
一歩踏み出そうとしたルナは、べしゃ、とその場に前のめりに倒れ込む。
「あ……あれ……?」
足元に目をやって、ルナは、そこにあるはずのものが存在しないことに気が付いた。
膝から下が――ない。
焼け焦げた両足の切断面から、思い出したように――激痛が、駆け上る。
「――――――――――!!!」
恐怖と混乱と、それらすべてをかき消す痛みに、ルナは声にならない声を上げた。
霞む視界の中、光の巨人が腕を頭上に掲げている。天空に輝くのは、先程ハデスが振り下ろしたものとは比べ物にならないほど巨大な【魔力】の塊であった。
それはまさに、太陽そのもののように見えた。
◆
暖かな、山吹色の光に照らされながら。
どうしてだろう。
とても寒いな、と、ルナは思った。
終わらせたいと願うとき。
終わってもいいと、考えるとき。
これで終わりなのだと、理解するとき。
――思い出した。
絶望とは――雪夜のコンクリートのように、寒いんだ。
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