第52話 終焉の魔王 #2

ルナは両手を揃え、正面に構える。

渾身の力を込めて放たれた【魔力】が、光の巨人を襲った。

ルナの魔力は光の巨人の脚を貫通するものの――ぽっかりと空いた脚部の穴は、みるみるうちに塞がってゆく。そのダメージは、巨人の動きを止めるには至らない。


だがアイにとっては、十分すぎる時間だった。

ルナが攻撃を放つ傍ら、アイは、ゆらり、と身体を傾ける。

勇者は四肢から血を流している。骨や臓器も損傷しているだろう。満身創痍のアイは、ついに限界を迎えて倒れるようにも見えた。

しかし――


、と、地を蹴る音。


アイは倒れ込む身体の勢いを、そのまま前方への加速に転換した。

黒い大剣を携え、勇者は瞬時に光の巨人の足元へと滑り込む。機能しない左手はぶら下げたまま、右腕の力と身体の捻りだけで、再生したばかりの巨人の脚へと斬撃を叩き込んだ。


迎撃は、降り注ぐ【魔力】の雨だ。

アイは山吹色の光を瞳に映すと、攻撃を止め、とっさに剣の影に身を隠した。黒い大剣は破壊の雨から小柄な少女の体躯を守り切る。

だが機関銃の掃射のような魔力に晒されたアイは、その場に釘付けにされた。


「ちっ」


アイの小さな舌打ちが空気を震わせた瞬間。

紫の防壁がアイの頭上に展開され、巨人の攻撃を受け止める。ルナが遠隔で展開したものだった。


「ナイス、ルナ!」と、アイ。

「桜花ちゃんは、やらないでよ!」両手を掲げたまま、ルナが叫ぶ。

「言われなくたって。ボクは――」


アイは小さな身体を回転させ、横薙ぎの剣で巨人の脚を切断した。


!」


――ぐらり、と。


巨人の身体が傾く。

【終焉の剣】によって切断された脚は、ルナの魔力による破壊とは異なり容易に再生できないようだった。


(倒せる……?)


と、ルナが固唾を飲んで見守る中。

巨人の脚の切断面、その上部の「幹」から、山吹色に光る何本もの「枝」が生える。枝は鈍い音を響かせて次々に床に突き刺さり、巨体を支えた。


ルナは、呆気にとられた表情で固まった。アイも巨人を見上げながら、


「何でもアリだな」と呟く。


取り込まれた桜花を傷付けないように、などと考える以前の話だった。

無限の魔力の前にはダメージを蓄積することすら容易ではない。魔大樹を母体にしたあの巨人は、【剣】による傷跡は修復できずとも、それ以外の部分であればいくらでも再生が可能らしい。


巨人の身体から無数の「枝」が生まれ、斬撃のお返しとばかりにアイを襲う。

山吹色に光り輝く「枝」たちは、一撃一撃が必殺の威力を有していた。勇者は縦横無尽に跳ね、次々と地面に突き刺さる攻撃を回避する。両手脚に深手を負っているとは思えない動きだった。


ルナは焦りを感じながら、ほとんど眼で追えないアイの動きを見据えていた。


(なんとか、道を……!)


巨人に対してルナの攻撃が有効打とならない以上、サポートに徹し、アイと【終焉の剣】に突破口を開いてもらうしかない。

ルナが両手に【魔力】を溜めた、その時。光の巨人は腕を横薙ぎに払った。

怒涛のように【魔力】と衝撃の波が押し寄せ、視界は光に満たされる。


ほんの一振りで引き起こされた破壊の規模に、息を呑んだ。


「――っ!」


ルナはとっさに、溜めた魔力で防壁を展開する。

防壁はかろうじて巨人の魔力を防ぎ切る。


――と、衝撃波に吹き飛ばされ、黒い大剣を伴って飛んでくる小柄な影を視認する。


「ちょっ――アイ⁉」


ルナの心配の声をよそに、アイは受け身をとってルナの隣に――障壁の中に転がり込み、「ふー」と息をついた。

勇者は至近距離で攻撃を受けながらも、大剣の影に隠れることで魔力の一撃を防いだらしい。身の丈ほどの大剣を、見事に攻防両者に活用している。


「いやー。めちゃくちゃだわ、あいつ」と、アイは意外に元気そうな声を上げた。「人型ならアタマが弱点ってのがお約束だけど、再生力がなぁ。バラッバラにしちまうか?」

「桜花ちゃんは傷付けないで」と、ルナ。

「わかってる。つーか、あの子だけいいかもな」

「……お菓子の型抜きみたいに?」


あの巨人の力の源は、桜花の生成する魔力であるはずだ。だからこそ心臓部を切り取って動力源を奪い、同時に桜花も取り返す。

アイにしては、悪い戦略ではないように思えた。

……実現が可能なら、だけど。


「そ。ポコンって。ただまぁ、弾幕が半端ないし、デカいし、足痛いし」

「なんとかするんでしょ、勇者さん」

「二人でね。次のが流石にキツそうだから、迎撃、魔王様に任せよっかなって」

「……次?」


と、ルナは、いつの間にか巨人の攻撃が止んでいることに気が付いた。

――チリ、と、ひりつくような空気。

光の巨人に視線を飛ばすルナの瞳に映ったのは、巨人の胸の前でひときわ強く輝く、山吹色の光の球だった。


――光が、はしる。


一直線にルナとアイを目指して――レーザービームのような、高密度の魔力が射出された。

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