第51話 終焉の魔王 #1

「……【終焉の剣】」


呟くハデスの視線は、漆黒の大剣へと注がれている。


「はっ、怖いのか?」


全身に傷を負い、荒い息を吐きながらも、アイは決して好戦的な姿勢を崩さない。

その自信は、そして何があろうと前を向く気力は、一体どこから湧いてくるのか。


ハデスは挑発を一笑に付すと、懸念を振り払うように首を振った。


「まさか。……未知を恐れるのは【知恵】なき者の愚行です。いかに【剣】が不確定要素を孕んでいようと、それを使う勇者あなたの限界は見えている」


その言葉に、アイは不敵に笑ってみせる。


「ボクの限界を見せたつもりはないけどな」

「……あたしも入ってるの? それ」と、ルナ。


ハデスは光のない瞳を二人に向け、笑みのような、哀れみのような表情を浮かべた。


「行き止まりがお望みならば。蓋然性の入り込む余地がないほどに――」


言葉とともに、神父の身体が山吹色に輝いた。

それに同調するかの如く、【魔大樹】も神々しい光を放ち始める。

桜花の魔力はどこまでも広がり、大樹とハデスを包み込む。


接続し、融合し、統一してゆく。

そして――


「……なんだ、ありゃ」


呟いたアイの、視線の先で。


ハデスと同化した【魔大樹】は、めきめきと軋みながらその形態を変化させ――山吹色に輝く巨人へと変貌した。

禍々しさと神聖さを併せ持つその巨人から、ハデスの声が轟く。


《終わりにしましょう。魔王と勇者――その存在のすべてを》


優に魔王城の天井まで達する巨体、その「顔」に相当する場所が開く。


――咆哮。


心臓を揺さぶる轟音と共に、山吹色の【魔力】が暴れ回る。

魔王城の城壁は泥で作った城のように破壊されてゆく。崩れた天井からは丸い月が覗いていた。


瓦礫が降り注ぐ中、ルナは、巨人から一筋の光の帯が伸びていく光景を目にした。

山吹色の光が向かう先は――桜花おうかである。


「桜花ちゃん!」


ルナは叫び、魔力を放った。

ルナの攻撃は正確に、巨人から伸びる光の帯を切断した。だが光は即座に形を取り戻し、生き物のように身を滑らせて桜花を捉える。

光がふたたび、ふわりと桜花の全身を包み込んだ。


(だめだ、ここからじゃ……!)


駆け出そうとするルナの身体は、がくん、と止まる。


「バカ、死ぬぞ」


アイは器用に足先でルナの服をひっかけ、引き止めていた。


「でも」

「あの友達は、あいつにとって利用価値があるんだろ? だったら、まだ殺されない」

「……それは……」


ルナは言葉に詰まる。

アイの意見は理に適っていた。その冷静な判断は、これまで勇者がくぐり抜けてきた修羅場の数を感じさせた。


桜花は光に導かれ、巨人の胸部へと吸い込まれていく。アイの見立て通り、ハデスは魔力新生の要となる桜花を手放す気はないらしい。

友人が光の中へ取り込まれる光景を睨みつけ、ルナは絞り出すように問いかけた。


「……なんとか、なるの?」

「たぶんね」アイの答えはひどく軽い。

「たぶんって……まさか、ノープラン……」


――そうだった。

アイに計画性という概念はない。先へ先へ、ひたすら突撃していく生き方をする少女だった。この期に及んでも、勇者の眼には希望しか映っていない。


アイは、どこか楽しそうに光の巨人を見上げる。


「こっちには【勇者】と【魔王】がいるんだ。何とかなるだろ」

「……これですよ」


ため息をついてそう呟くルナの口調は、不思議と明るかった。

勇者の希望が伝染したように、ルナは吹っ切れた表情でアイの横に並ぶ。


「期待しないでよ? この世界では【魔王】かも知れないけど、あたしは――」


ルナの瞳が深紫に輝き、その両手には、万物を消滅させる【魔力】が渦巻いた。


「――

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