第47話 【生命の魔族】オシリス #3
空中でオシリスの腕を切断したアイが、床へと落下する。
ごろごろと転がって衝撃を分散させたらしく、ダメージらしいダメージもなく即座に立ち上がった。
「……」
一方のオシリスは切り落とされた腕を手に持ち、翼を羽ばたかせながら降下してきた。
ふん、と少し拗ねたような表情を浮かべている。
オシリスは、まるでスナックをつまむような気軽さで手にした腕を口へ運び――丸呑みした。オシリスの喉が動いたかと思うと、ジュゴッ、という音を立てて腕が瞬時に再生する。
「完全体でも、回復に肉体の回収が必要とは。面倒な剣です」と、オシリスは手を開閉しながらぼやく。
「……マジで食らってるし」と、呆れと驚愕が半々の声色。「食い意地は相変わらずだな」
「アイには負けます」
「はぁ?」
思わぬ返答を受け、アイは眉根を寄せた。
「【勇者】など……食い意地以外の何だと言うのですか」と、オシリスはため息をついた。「誰もが平和に生きているのです。欲を張らず、アイも決められた世界を生きなさい」
ギリ、と、アイは歯を食いしばる。
「――お前らの――決めた世界をか!」
アイは叫ぶ。
瞬時に間合いを詰め、必殺の力で【終焉の剣】を打ち下ろした。
派手に床を割った斬撃は、当然のようにオシリスを捉えていない。アイは横手に回避したオシリスを瞬時に認めると、床に刺さった大剣を支点に回転し、鋭い蹴りを放った。
「……ふふ」
余裕の笑みを浮かべながら、オシリスはアイの蹴りを片手でいなす。
その攻撃は常人相手なら脅威となろうが、【生命の魔族】たるオシリスの身体を損傷させるには至らない。
無論――他ならぬアイも、それを理解していた。
受け止められた蹴り足を軸にもう一度身体を回転させると、次は剣を抜き、勢いを乗せた二撃目の斬撃を放つ。
緩急を効かせたアイの連撃を受け、オシリスの真紅の瞳が輝いた。
「悪くありませんね」
オシリスは顔の前に片手を掲げる。
指先から瞬時に赤い爪が伸び、火花を散らせて【終焉の剣】と激突したかと思うと――その斬撃を受け止めた。
アイの表情に驚愕の色が浮かぶ。
「爪だろ!?」
「オシリスの爪ですから」
爪で剣を受け止めたまま、もう片方の手で拳を作り、オシリスはアイに連撃を見舞った。
「くっ」
アイは剣を手放なさず、ギリギリでその打撃を回避する。
と、オシリスの姿が視界から消えた。
――次の瞬間、アイの腹部を衝撃が襲う。
身を伏せたオシリスが、低い体勢から蹴りを繰り出したのだ。重い一撃にアイの身体は「く」の字に折れ曲がり、宙に浮く。
その隙を逃さず、オシリスは身体を回転させて強力な後ろ回し蹴りを放った。
――大剣の柄が、アイの手から離れる。
「かはっ……!」
喉から漏れるのは、肺の空気が押し出される音。
アイの身体はルナたちの方角に向かって床とほとんど平行に飛ばされる。
その先にはルナと桜花、そしてハデスの展開した【障壁】があるが、その手前でアイを待ち受けるのは――オシリスだ。
オシリスの圧倒的な機動力は、アイを蹴り飛ばしつつ、飛ばされる先に先回りするという離れ業をやってのけていた。
オシリスは高く足を掲げると、飛んでくるアイに踵を振り下ろす。
巨大なハンマーで鉄を打つような重い音を響かせて――勇者は床に半ば埋もれ、静止した。
◆
(アイ……)
桜花を背中に庇うルナは、障壁の中から、地に伏せる【勇者】を見つめた。
アイは咳き込み、血の混じった唾を吐いて上半身を起こす。
……アイもアイで、恐ろしくタフだ。
アイは目の前のオシリスを見上げる。
オシリスはもぎ取った【終焉の剣】をその場に捨てて来たらしい。アイが広間に目をやると、主を失った漆黒の大剣が所在なげに転がっていた。
はぁ、と、アイはため息を付く。
「欲をかいてんのは……お前も一緒だろ、リース」
「何のことです?」
「年々……魔法使いたちの魔法は、弱くなってる。世界の魔力量が減少してるってな」
「……」
「てことは、魔族もそのうち消えるんだろ? 決められた世界を受け入れろと言うんなら、リースも……大人しく滅びりゃいいんだ」そう吐き捨て、挑戦的に笑みを浮かべる。「ボクも手伝ってやるからさ」
オシリスは顎に指を当てて首をかしげ、アイの言葉を咀嚼していた。
しばらくそうしていたかと思うと、何かを理解したらしく、ぽん、と手を打った。
「アイは誤解をしているようですね」
「誤解?」
「魔族の運命など、オシリスはどうでもいいのです」
「……は?」
「人間のような――脆弱な【生命】には、わからないでしょうね。――終わりを恐れる、あなた方には」
「……」
オシリスはまるで、小さな動物を愛おしむように目を細める。
「【生命】とは【在り方】です。いつ、どのように終わるか、そんなことは生命の本質とは何の関係もありません。ただ――魔王様に逢いたい。魔王様のお側に居たい。そこで終わりを迎えたい。魔王様のために全存在を捧げること。オシリスが【生命の魔族】として存在する理由はそれだけです。その在り方が変わらない限り、終わりは喜びでしかありません。たとえ魔族が滅び、世界が【終焉】を迎えても――オシリスの【生命】が尽きることはないでしょう」
「お前……」
と、アイは絶句したかと思うと、堪え切れずに苦笑をこぼした。
「……リースは、ほんとにルナが好きなんだな」
「ええ。オシリスのすべてです」
「まるで人間みたいだ」
「……にんげん? オシリスが?」
きょとん、とするオシリス。
アイはその表情から目を逸らすように顔を伏せ、低く呟いた。
「リース……教えて欲しい」
「何でしょう?」
「なんで、魔族のお前が……人間と暮らしていた」
「魔王様のお側にいるためです」
「どうして、あの街でボクを殺さなかった」
「魔王様が、アイと居ることに幸福を感じておられたからです」
「じゃあなんで――」
ギリ、と歯噛みする。
「ミーシャを殺した!」
アイの声は、魔王城の冷たい城壁に反響した。しん、と、冷たい沈黙が空間に満ちる。
それは――魂の吐露であった。
行方不明になったミーシャに再開するという、これまで自らに言い聞かせてきた偽りの希望。
既にミーシャの生命がこの世から失われていると、アイはどこかで確信していた。それが魔族の手によるものであろうことも。
ただ、認めたくなかっただけだ。
だがオシリスの反応は、アイの予想したものとは異なっていた。
「ミーシャを? なぜ?」
「……え?」
「ミーシャと過ごす魔王様も、幸福でいらっしゃいました。殺す理由など――」
◆
――そのときルナは、固唾を呑んで二人の会話を聞いていた。
異世界でのひとときを共に過ごした少女――ミーシャ。
一度この世界から逃げ出したルナは、そのすべてを忘れるつもりだった。
時間の流れが何もかも消し去ってくれると、ぎゅっと目を閉じて、そう願っていた。
でも。ひとたびその名を聞けば、捨てたはずのあの日々が、色鮮やかに蘇る。
ミーシャの身に何が起こったのか――ルナはそれを知らなければならない、と。
その一心で、ルナはアイとオシリスの言葉に耳を傾けていた。
だから――気が付かなかった。
ハデスが静かに微笑み、ルナたちに向かって腕を伸ばしていたことに。
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