第46話 【生命の魔族】オシリス #2
オシリスの姿が――消える。
勘だけを頼りにアイは後ろへ飛んだ。
次の瞬間、先程までアイの立っていた床がクレーターのように陥没する。
その中心で拳を床に突き立てるオシリスは、ちら、と顔を上げ、真紅の視線をアイのそれと絡ませた。
オシリスの口元に笑みが浮かぶ。
「――ッ!」
驚愕を口にする余裕すらなく、アイは【終焉の剣】を構える。
だがその剣を振るうよりも疾く、白い手がアイの顔面を鷲掴みにした。
オシリスはアイの顔を掴んで飛び、魔王城の壁にその手を叩きつける。
西瓜のように頭蓋が砕ける音は、響かなかった。アイは既にオシリスの手の中から離脱している。アイの代わりに衝撃を受け止めた壁に亀裂が入った。
オシリスは振り返りながら身体を半歩ずらす。
漆黒の大剣はオシリスの眼前を通過して、ひび割れた壁を破壊した。
「どうしました? アイ。先程よりも遅くなっていますよ」
「お前が――速いんだよ!」
答えながら、アイは剣を横薙ぎにする。
オシリスは、トン、と跳躍してそれを躱すと、まるで重力など存在しないかのように壁に横向きに着地した。
おかしそうに、赤い眼を細める。
「――それだけではありませんね。この姿に剣を突き立てるのが、辛いですか?」
「違う」
「ふふふ……人間とは奇妙なものです。魔王様には躊躇なく斬りかかるというのに」
「――違うってんだろ!」
アイは叫びながら跳躍し、大剣を切り上げる。
その斬撃が空振りに終わることは予期していた。
空中に回避したオシリスを横目で確認すると、アイは跳躍の頂点で壁を蹴る。その脚力は、壁からほとんど垂直の角度でアイの身体を射出した。
勇者を迎撃すべく、オシリスの背中から何本もの太い触手が飛び出した。アイは大剣の重量を利用して空中で回転し、触手を切りつける。だが【終焉の剣】はその外皮に食い込むことなく、漆黒の斬撃は、がぃん、と音を立てて弾かれた。
「ちっ……!」
肉塊が【合体】する前との手応えの違いに、わずかにアイの反応が鈍る。
その隙を狙い、地表すれすれから触手が伸びた。オシリスの触手は、重力に従って落ちるアイを真下から襲撃する形になる。
「ぐっ……!」
剣を盾代わりに直撃を避けたものの、アイの身体は再び天井近くへと打ち上げられた。
翼を持つオシリスは、有利な空中戦を終える気はないらしい。
「オシリスを倒さなければ――魔王様に辿り着く道などありませんよ」
と、耳元で囁くオシリスの声。
オシリスはアイが吹き飛ばされた先に瞬時に移動していた。振り返るよりも先に背中に強打を受け、アイは再び壁際へと吹き飛ばされた。それを追うように触手の連撃が突き刺さり、ミキサーにかけたように城の壁は粉砕される。
――と、アイが目にも留まらぬ速度で粉塵の中から駆け出す。
駆ける――そう、アイの足は確かに「足場」を捉えていた。
壁からオシリスに繋がる、触手という足場を。
「道みっけ」ニヤリと笑い、アイは触手の上を疾走する。
「猫ですか⁉」
不安定な綱渡りとは思えない速度にオシリスは目を見張る。
まるで曲芸師だが、曲芸師と異なるのは――その足場が、敵の意のままに動くことだ。オシリスは壁に刺さった触手を抜き、瞬時に引き寄せて回収する。
だがアイは足場を失い落下する代わり――触手の一本に、足を絡ませていた。
引き寄せられる触手と共に、猛烈な勢いでアイはオシリスに肉薄する。
「なっ――!」
オシリスは驚愕に目を見開く。
アイはこれまで、切れない敵を何度も切ってきた。
速度と角度と破壊力。そして、意識の間隙を突くタイミング。
すべてが揃った一撃であれば――ギリギリ、いける。
「――喰らえッ!」
アイはすれ違いざま、オシリスの片腕を切り落としていた。
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