第45話 【生命の魔族】オシリス #1

オシリスは、げほ、と血を吐き、勇者を睨みながら悔しげにこぼした。


「やはり……あの剣。【七分の一】のオシリスでは……」

「【終焉の剣】――オシリスの再生も追いつかないとは、思った以上に厄介です」と、ハデス。

「……ハデス。オシリスは【七分の一】の身体では、と言ったのですが」


オシリスはムッとしたようにハデスを睨みつけた。


ルナも、確かにオシリスから聞かされていた。身体を七つに分割したオシリスは、その一つが【人型】となり、残りの六つは魔王城を守護している、と。

ハデスはわかっていると言うように、オシリスに頷いて見せる。


「でしたら、使しかありませんね」

「……オシリスの【七分の六】が、大樹を守っていなくていいのですか? あれを壊されると大変なのでしょう?」


オシリスはちらりと【魔大樹】を見上げる。


「平常時と、現在のような非常時では優先度が異なります。オシリス。あなたが敗北しては元も子もありません。その間、【魔大樹】と魔王様は――私が」

「……ふふふ」


オシリスはハデスの言葉を聞くと、低く笑いながら、ゆらりと立ち上がった。

崩れかけた身体から臓器が零れ落ちる。

だがそのボロ雑巾のようになった身体に、再び生命力が満ちていくようだった。

――否。オシリスを満たしているのは、ひたすら純粋な――


――歓喜、であった。


「いいでしょう。魔王様にまで刃を向けると言うのであれば、手加減をする理由はありませんからね。オシリスの力をすべて使って、勇者を殲滅します。……任せましたよ、ハデス」

「ええ」


オシリスは天を見上げ、高らかに宣言する。


「――!」


――ごうん、という地響きと共に。

【魔大樹】から、巨大な肉塊が落下してきた。

ひとつ、ふたつ、みっつ……計六つの肉塊が、ルナとオシリス達を取り囲む形になる。


「ひっ……!」と、桜花の恐怖が決壊しようとしたとき。

「桜花ちゃん」と、ルナが桜花の手を握った。「――大丈夫だから」

「……う、うん」


桜花はこくこくと頷いて、ルナの手を握り返す。



肉塊を呼び寄せたオシリスは、がぱ、と、大きく口を開いた。

その口腔内から六本の触手が伸びる。鋭く奔った触手は肉塊を突き刺し、ひょい、と持ち上げて――カメレオンが昆虫を捕食するように、肉塊を次々とオシリスの口の中に詰め込んでいく。


彼女の身体より大きな肉塊を収めたはずの腹は、一向に膨れる様子もなかった。

完全に物理法則を逸脱した【食事】が終わると、オシリスは、ぺろりと口の周りを舐める。


「……げぷ」


――みるみるうちに、オシリスの身体が再生されていく。

そして、頭部の角は太く伸びて捻じれ、背中の羽根は巨大に、より禍々しさを増してゆく。

異形の肉塊を取り込んだオシリスは、元の【人型】と比べて大きく形状が変化したわけではない。だがその肉体からは、巨大な肉塊に満ちていた力がすべて凝縮されたかのような、暴風の如きプレッシャーが放たれていた。


空間に漂う闇が、ひときわ濃くなったように感じる。


「……ふふふ……は何百年ぶりでしょうか」


オシリスの【合体】を眼にしたアイは、ギリ、と歯を食いしばる。


「リース……やっぱり、お前も――ッ!」


オシリスは真紅の瞳を輝かせ、両手を――そして、闇よりも暗い翼を広げた。


「【――参ります」

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