第33話 牧場 #3

――ルナが目を覚ましたのは、宿のベッドの上だった。

すっかり日が暮れて、窓の外には星が輝いていた。部屋には小さなランプが灯っているだけである。


「……」


ランプが放つオレンジ色の光の中、ルナはぼんやりと天井を見つめた。


「あ、起きた?」と、アイの声。


視線を向ける。

アイはベッドに腰掛けて、ルナを見下ろしていた。

もしかして……夢? どこからが? 一瞬だけ脳裏をよぎったその思考は、アイがもたれかかっている【終焉の剣】を眼にした途端、雲散霧消した。

夢なわけがない。


「う、うぇ……っ」と、ルナはまた吐きそうになり両手で口を抑える。

「おっ……とと」


アイが差し出してくれた手桶に口の中のものを吐き出す。だが腹の中は既に空っぽで、酸っぱい胃液が落ちただけだった。

ルナが吐いたままの姿勢で呻いていると、頭上から、アイの苦笑する気配が降ってきた。


「ごめん。世間知らずには荒療治が過ぎたかも」

「何が……」と、ルナは顔を上げながら弱々しく返答する。

「ボクが魔族と戦う理由、わかってくれた?」

「……だからって」

「どうしてか知らないけど、ルナ、?」

「……」

「ちなみにそれ、ルナが魔法を使えることと関係ある?」

「……」


ルナは口を開きかけるが、込み上げる吐き気の予兆を感じて、押し黙る。


「……まぁ、いいや」


と、アイはベッドから立ち上がって伸びをした。


アイはルナが倒れたあと宿まで運び、意識を取り戻すまで看病してくれたらしい。


「わかったことが、ふたつある」と、アイは【終焉の剣】に寄りかかり、うっすら笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。「ひとつめ。牧場で開放した人間の中に、ミーシャはいなかった」

「……」

「これが良いことか悪いことかって言うと……悪いこと寄りかな。また可能性が一つ消えちゃったわけだから。どんな目にあっても生きているに越したことはない――ボクとしては、あそこで見つかって欲しかったな」

「……そう……だ、ね」


かろうじて、ルナはそう答えた。

――そうだ。別に【あれ】がミーシャだと決まったわけじゃない。

まだ希望はある。想像だけで絶望せずに、あたしも勇者を見習うんだ。


「……」


アイは無言でルナの表情を観察していたかと思うと、いたずらっぽい口調で、


「わかったこと、ふたつめも聞きたい?」と、ルナに問いかけた。

「え? う……うん。じゃあ、聞きたい」


ルナは戸惑いつつ頷く。

アイはそれに頷き返すと、数歩移動して、ランプの置かれた机に座った。


決して広くない部屋の中、アイはルナと少し離れて向き合う形になる。


「……ルナが【どっち】なのか、わからなかった」


背にしたランプが逆光になり、アイの表情は暗い影の中に落ちていた。


「本当に世間知らずなのか、それとも――【

「……っ!」

「あまりに世界を知らなさすぎる。その割に【魔法】が使えたり、例の【遺跡】の最深部にひょっこり現れたり。ボクには、ルナは世界を見ている気がするんだ」

「……」

「でも」


と、アイは身を乗り出す。影になった表情は、わずかに笑みを浮かべているように感じた。


「【牧場】でわかった。秘密はあるのかも知れないけど、少なくとも悪意はない。ルナは――

「……アイ……」

「でも――【


ルナは、言葉に詰まる。

そして、そう断定されることが二回目であることを思い出した。


「それ、牧場に入る時も……」

「うん」


と簡潔に肯定して、アイは沈黙した。

普通じゃない、という言葉の意味。まだ、ルナはわからない。


(それに、確か……)


あのときアイ自身も【普通】ではないのだと言っていた。

部屋にどこか居心地の悪い静寂が流れたあと、意を決したようにアイは再び口を開く。


「――そうだな。ルナには聞いて欲しい、かな」

「……何を?」ルナの問いかけに、アイは静かな声で答えた。

――そして、どうしてボクが【勇者】なのかを」

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