第31話 牧場 #1
気が済むまで、アイは【遺跡】を徹底的に探索した。
ルナが火の【魔法】で明かりを点けてあげると、そんなの要らないよ、とアイは笑った。
「ボクは夜目が効くんだ」
その言葉どおり、暗闇の中でもアイの視界はすこぶる良好だった。
そういえば森を歩くアイを追いかけた時も、真っ暗な森を迷いなく進んでいたことを思い出す。
遺跡にミーシャがいないことに納得すると、アイはルナを連れて森を抜けた。
アイは、うーんと伸びをして、全身に太陽の光を浴びた。
「ルナといると魔族も出ないし、変に迷わなくて早かったぁ」
「……そうなの?」
「うん、段違い! やっぱり、こっちに【魔法】使える人間がいると警戒するのかなぁ」
「……」
――あるいは、あたしが【魔王】であることに気が付いているか、だ。
海で遭遇したクラーケンは高い魔力に優先的に襲いかかる習性を持つようだったから、真相はわからない。
オシリスに空から運んでもらって【遺跡】にやってきたルナは、まさか自分が居るのがこれほど深い森の奥とは思わなかった。アイの先導でなんとか森を出ることはできたが、オシリスの迎えが来るまで、長距離の移動は難しいと考えたほうがよさそうだ。
(オシリス……早く、回復してくれるといいけど……)
真実を隠してアイに同行するルナもまた、勇者と同様、孤独の中にあった。
◆
アイとルナは、ミーシャと過ごした街を旅立った。
妻の死に娘の失踪が続き、抜け殻のようになってしまった親父さんに別れを告げる時はかなり「こたえた」が、アイは無頓着だった。あるいは必死に、そうあろうとしているようにも見えた。
アイは過去を振り返らなかった。
いつも何か、新しい希望を見出していた。
ミーシャはどこかにいると信じるだけではなく、常に明確な「次の目的」を打ち出すことができた。たとえば――遺跡を探してみよう。家に戻ってないか確認しよう。隣の街に行ってみよう。片っ端から目撃情報を訪ねよう。いつか海が見たいと言っていたから、海沿いを探そう――などなど。
勇者の瞳はいつも先を見据えていた。
それはどこか引き絞られた弓のようにギリギリと張り詰めて、今にも切れてしまいそうだった。そうしなければ生きられないようにも見えた。
現実を受け容れる代わりに、どこか遠い未来に希望を見出さなければならなかった。恐ろしく――悲しい子なのかも知れないと、そんなことを思った。
アイは当然のように【終焉の剣】を新たな勇者の武器と定めた。
砕けた元の剣とは違い、もはや腰に吊り下げるようなサイズではない。厚い布を巻き固めて鞘の代わりとして、革のベルトで無造作に背中に縛り付けた。漆黒の大剣を背負うその姿はまるで呪いのように、ほんの十代かそこらの少女の印象を、過剰な武力で彩った。
アイは【終焉の剣】を肌身離さず持ち歩いた。
何かと戦う機会はなかったが――アイは「ルナがいると魔族が襲ってこない」なんて言っていた――移動中はもとより、食事や睡眠の最中も、アイは決して【終焉の剣】の側を離れなかった。
とてもじゃないが、ルナが隙を見て奪い取れるような状況ではなかった。
かといってルナひとりでは魔王城に戻ることも難しい。
初めて召喚された時のようにルナ一人で転移ゲートを開くことも、おそらく不可能ではないけれど。
(どうしよう……)
現実世界に帰還する予定の日は、刻々と迫っていた。
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