第29話 終焉の遺跡 #4

(ど、どうしよう……)


ルナは、アイの前に姿を表すつもりはなかった。

アイと肉塊――オシリスの【真の姿】――が繰り広げる戦闘が想像以上に広範囲に及んだことで、目論見が外れた。


肉塊から、戸惑う気配が伝わってくる。

ルナは肉塊に向かってゆっくりと首を振り、その視線だけで、正体を表しちゃダメ、と伝えた。


「……ルナ、下がって」


アイはルナの行動を、恐怖によるものと解釈したらしい。

アイは、どうしてここにいるのか、とは問わなかった。アイの剣は砕かれ、武器も身を守る装備も持っていない。さらに当人もあちこち傷だらけにも関わらず、それでもルナを庇うようにして、肉塊に対峙した。


その背中は、確かに【勇者】のそれであった。


ルナは一縷の望みをかけて、アイに懇願する。


「ね、ねぇアイ……逃げよう?」

「だめだ」アイは、ルナの提案を言下に否定する。「ミーシャを助けなきゃ」

「……ミーシャを?」


ルナはアイの言葉が意味するところを読み取れず、困惑しながら問い返した。

アイはその反応で、初めて自分が何を喋ったのか気付いたようだった。

ルナを振り返ったアイの瞳には、迷子になった子供のような心細さが現れていた。


「ミーシャを……ううん。ミーシャが、どこに行ったのか……わからないんだ」

「アイ……」

「だから……」


と、アイは動きを止めて、自身の手のひらを見つめた。

血と泥で汚れた手。

その内側からふつふつと立ち上ってくるのは、狂気のような、底なしの敵意であった。


「だから――ボクが、あいつを殺さないと!」


叫び、アイはルナの手を掴む。

先程ルナに告げた、下がっていろという言葉と矛盾する行動だった。

そのまま床を蹴ると、爆発的な速度で再び肉塊へと駆ける。


「えっ――わわわ、アイ!?」


ルナはアイの速度にほとんど引きずられるようになりながら、焦っていた。


(アイ……! どうしよう、なんで、退いてくれないの……!)


オシリスを【真の姿】で戦わせたのは悪手だったかも知れない。

魔族に対するアイの敵愾心が最大限に刺激されてしまっているようだった。

でも、だからって、他の方法なんて……


「ルナ! 飛ばして!」

「――!? か、風っ!」


とっさにルナは、アイの指示通りに【風魔法】を発動していた。

だん、とアイが強く床を蹴ると、二人の身体はルナの創り出した風に乗り、肉塊を飛び越える軌道で空を舞った。


肉塊オシリスは徒手空拳で――それもルナを引き連れて――向かってくるアイに困惑しているようだった。迷いを表すように肉塊の表面が波打つが、こちらに攻撃してくる様子はない。


「……!」


ルナたちは大きな跳躍で肉塊を飛び越え、部屋の奥、元・祭壇の残骸に着地する。

傍らには黒い大剣――【終焉の剣】が祭壇に突き立っていた。


――アイの狙いは、これか。


本来の目的を思い出したらしい肉塊は、ようやく、その肉壁から数本の触手を発射した。


「あぶなっ……!」


勇者はルナの手を引いて大剣の影に隠れる。剣は少女たちの盾となり、重い音を響かせて触手の攻撃を受け止めた。


アイは祭壇に深く突き刺さった【終焉の剣】を引き抜こうと力を込めるが――


「……くそ、ぜんっぜん動かないぃぃ……!」


黒い大剣はただ沈黙と共に、その場に鎮座し続けるだけだった。


(よかった、アイも【剣】を抜けないなら……)


「アイ、ねえ、諦めて外に逃げ……」


と呼びかけながら、ルナが【終焉の剣】に触れた瞬間。

剣に埋め込まれた紫の宝玉が、まばゆい輝きを放ち――空間を隅々まで照らした。


「剣が……!?」


ルナは光に目を細め、驚愕の声を漏らす。

眼の前の現実が意味するところ。それは――【終焉の剣】が勇者アイではなく、魔王ルナに反応したということ。その光は、まるで剣がようにも見えた。


「――わかんないけど――いける!」


アイは両手で剣の柄を握りしめ、祭壇に突き刺さった大剣を力一杯に引き抜く。


――冗談のように、あっさりと。


抜き放たれた【終焉の剣】は、漆黒の刀身を輝かせ――【勇者】アイの手に収まった。

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