第28話 終焉の遺跡 #3
(――な――なんだ、【こいつ】は――!?)
アイは直感的に、その肉塊が意志を持つ「何か」であることを理解した。
それはまるで――天にも届く巨人の赤子が、人間を百人ほど潰して捏ね、乱暴に固めた団子のような――醜悪な肉の塊。ぐずぐずと蠢く「それ」は極限まで生命体としてのデザインを放棄されている。否、だからこそむしろ、剥き出しの【生命】そのものが物質世界に顕現したかのようにも見えた。
じり、と、警戒の糸を張り詰めたアイが、わずかに足を動かした瞬間。
肉塊から、何本もの触手が射出された。
「――ッ!」
瓦礫を蹴って跳ねると、直前までアイの立っていた床は触手の連撃によって爆散した。
その威力に息を呑む暇もなく、土煙の中から追撃が伸びてくる。
アイは即座に、剣で触手を切り払い――
(――か、
ガキン、と響いたのは、まるで金属同士が打ち合う音。ぬらぬらと光る肉の触手の強度は異常なほどだった。
これまで共に戦いを切り抜けてきた剣が悲鳴をあげるや否や、アイは瞬時に戦術を「破壊」から「受け流し」へと切り替える。
剣を斜めに傾けて攻撃を逸らせると、その硬い外皮を蹴って猫のように跳躍し、離れた位置に着地した。
――と、敵に視線を向けるよりも
風を切る音だけを頼りに回避。
着弾し、壁にめり込んだものを確認したアイは、それが血濡れの「骨片」であることを理解した。巨大な脊椎の一部のような形をしている。
「くそっ――何もわかんないよ、おまえは!」
アイは叫びながら、次々に飛来する骨弾を避ける。
十個目の骨弾の下を掻い潜るように身を伏せたとき、アイの思考の片隅に、わずかな違和感が浮かび上がった。
(こいつ……ボクを、誘導している?)
肉塊への接近を拒む触手の連撃。
アイの身体能力でかろうじて避けられる速度の骨弾。
それらを駆使して、肉塊がアイを導こうとしている先は――
(――外か!)
この場からアイを排除しようとしている。
だがアイは肉塊を脅威に感じつつも、ここから逃げ出すつもりはなかった。ミーシャがここに居るかも知れないのだから、あんな危険なものを放置しておくわけにはいかない。
アイはじわじわと押されている風を装い、わざと、部屋の出口へと追い詰められていった。
肉塊は喜々として――もちろんアイがそう感じたというだけだが――怒涛の物量攻撃で、アイを出口へと押し出そうと奮闘する。
そしてアイが壁を背にして、部屋の中央に鎮座する肉塊と対峙したとき。肉塊から太い触手が射出され、一直線にアイを襲った。
勇者はクラウチングスタートのような体勢で、両足に力を溜める。
そして、
「――人間を――舐めんなッ!」
と、床を蹴った。
爆発的な加速とともに放たれたアイの身体は、触手の軌道ギリギリをすれ違うようにして――肉塊に向かって駆ける。
頬を触手がかすめ、血が流れた。
最後の一撃のつもりだったのか、肉塊の反応はわずかに遅れる。
――充分だ。
アイが勝機を見出した、その時。
高速で流れる視界の隅で、瓦礫の後ろに何者かの人影が見えたような気がした。
(――ッ! まさか……ミーシャ!?)
敵への注意が逸れる。刹那、肉塊から飛び出した新たな触手が、正面からアイを襲った。
(やばっ……!)
アイは剣を盾代わりにして直撃を免れる。だが巨大質量の猛攻を受け止め続けた剣は、限界に達して――ついに、剣は砕かれる。
そして肉塊から繰り出される触手に吹き飛ばされ、アイは背中から瓦礫に直撃した。
肺から強制的に空気が絞り出される。
「がっ……!」
アイの身体が打ち付けられた瓦礫が崩れたことからも、激突の勢いが見て取れた。
受け身も取れず床に転がる。
アイが飛ばされた先は、奇しくも――先程、人影を目にした場所であった。その人物が隠れていたであろう瓦礫が、音を立てて崩れ落ちた。
じゃり、と破片を踏む足音を耳にして、アイは顔を上げる。
そこに居たのは――
「……ル……ナ?」
「アイ……」
何日か前に森の広場で別れたはずのルナが、地に伏せるアイを見下ろしていた。
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