第27話 終焉の遺跡 #2

腰に剣を下げた少女――【勇者】アイは、冷たい壁を撫でながら、遺跡の奥へと進んでいく。

遺跡の中は静寂そのものであった。


(ミーシャ……)


アイは【遺跡】に辿り着くまでの、森の中を彷徨っていた時間を思い出す。





――アイは亡霊のように森の中を歩き続けていた。

充分な休息の取れていない眼は血走って、爛々と輝いている。時折ふらつきながら、しかし鬼気迫る表情で、アイは暗い森を睨みつけていた。


ミーシャは、街に戻っていなかった。

広場で決別したルナとリースも、宿には戻ってこなかった。


結局、アイはまた一人になってしまった。

いつものことだ。慣れてる。

そう自分に言い聞かせていたはずのアイは――気が付けば、ミーシャを探して森の中に踏み入っていた。

ミーシャの母は昨年、森の奥で命を落とした。消えたミーシャは、もしかしたら母の痕跡を追い求めるように同じ道を辿っているのかもしれない。そう思った。


森は永遠に続いているかのように、ひたすら深かった。毎夜アイが魔族を狩っていたのは、ほんの「浅瀬」だったのだ。

何時間……いや、何日も歩き続け、時折、糸が切れるようにその場に倒れ込んで眠りながら、それでもアイは先へ進んだ。


すべてが曖昧だった。

果たして本当にそれだけの距離を歩いたかも、はっきりしない。世界には、方向や時間感覚を狂わせるばかりか、人間の認識や記憶も操るような、高度な【魔法】を使う魔族がいることをアイは知っている。

その種の魔法の影響下にあるとすれば、ただ、自らの足で踏み出す一歩だけが、唯一信じられるものだった。


――森には、魔族が巣食っていた。

街に近い「浅瀬」で現れるのは、怪我を負って弱っていたり、アイを見て逃げ出したり、という脆弱な魔族ばかりだった。

だが森の中心部に向かうにつれて、魔族は凶暴に、そして強力になっていった。

アイは、出会う魔族をことごとく斬り捨てていった。


【悪】と戦って殺し合い、敵を切り伏せる最後の瞬間までは、アイはミーシャの不在を忘れていられた。

――もっと、もっと強い敵を。

アイが陽の光が差し込まない森の中で戦い続け、魔族の返り血と汗、そしてアイ自身の血でドロドロになり、時間の感覚も朧気おぼろげになったころ。


アイは突如――森にほぼ同化しかけた、ひどく古い階段を発見した。

階段は地の底へと続いている。

森に差し込む薄暗い日光では、階段の底を目視することは叶わなかった。


(……地下に……何か、ある?)


それは確かに、自然のものではない建造物であった。

まるで何千年も昔からそこにあるようにボロボロで、どこか、地獄の入り口のようでもある。


勇者アイは覚悟を決めて、その階段を下っていった。





――そして、現在。


森での激戦が嘘みたいに、その【遺跡】内に魔族の気配は感じ取れなかった。

思い起こせば【遺跡】が視認できるほど近付いたあたりから、魔族の出現がぱたりとやんでいた。

アイは拍子抜けすると共に、どこか薄気味の悪さも感じていた。


(どんな化け物がいるのかと思ったら……)


石造りの壁に反響する規則的な足音を聞いていると、不思議な瞑想状態に陥りそうになる。

熱病のように魔族との戦いに高揚していたアイの思考は、徐々に冷静さを取り戻していた。ひんやりとした空気が、肺の温度を下げてくれる。


この不気味な【遺跡】は、魔族の脅威に対する「安全地帯」として機能している。

ミーシャが、もしこの場所に迷い込んでいたとしたら?

外に出ることもできず、かといって助けを呼ぶすべもなく、どこかで震えているかも知れない。


(ミーシャ……待ってて)


止まることなどできない。

アイは根拠もない想像にすがり、遺跡を進み続けた。





――遺跡の最深部。

アイは、広々とした空間に辿り着いた。


ほとんど暗闇の通路とは打って変わって、外からうっすらと光が差し込んでいるようだった。

……外の光? あれだけ潜ってきて?

いったい、どんな構造になっているのか。


室内には、苔と蔦に覆われた瓦礫が至るところに散らばっている。

部屋自体の壁や天井が壊れたものではなく、何かが破壊されてできた瓦礫のようだ。そのサイズから、元々存在していた「何か」は、瓦礫と化す前もずいぶん大きかったのだろうと推測できた。


(神殿……いや、祭壇、みたいな……?)


暗い森の奥深く、魔族の住処を突破した果て。

その地の底で、いったい何を祀っていたのか。

そして、何のためにこれほど大きく設計されたのか。


意図や目的のわからない部屋だった。


「……」


元・祭壇の残骸を調べていたアイは、その瓦礫の隙間から暗い紫色の光が漏れていることに気が付いた。

力任せに瓦礫をどかせると、そこに現れたのは――


「――剣?」


それは真っ暗な大剣だった。


太く、分厚く、大きな剣である。

刀身から柄まで含めると、アイの身の丈ほどに達するかも知れない。

正確に大きさが判別できなかったのは、その大剣が、刀身の半ばまで祭壇の瓦礫に突き刺さっていたからだ。

徹底的に崩壊した周囲に反して、大剣が突き立てられているその場所だけは、あらゆる破壊を免れたかのように整然としている。


鈍く光る刃を彩るのは、刀身の根本に備え付けられている宝玉の輝きだった。


「……きれい……」


その深い紫色の光を眼にして、アイは熱に浮かされたように、ぼうっと手を伸ばす。


――瞬間。


「――ッ!?」


アイは、を感じて振り返った。

黒い大剣に背を向けた状態で腰の剣を抜き放ち、即座に戦闘態勢に移行する。

そして――


地響きを立てて――アイの眼前に、】が落下してきたのだった。

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