第26話 終焉の遺跡 #1

鬱蒼うっそうと木々に覆われた森は、昼にも関わらずひどく暗かった。

空から見下ろしている間は「豊かな自然」などと平和な表現もできた。だが、いざ森の中に入ると、空を覆い尽くす緑の圧倒的な存在感に、自分が一個の小さな生命に過ぎないことを嫌というほど思い知らされる。


空から降下したルナとオシリスは、しばらく歩き、に到達した。

眼前には、苔に覆われた――というよりも、ほとんど森の緑に飲み込まれている、石造りの階段がその口を開けて鎮座していた。

ひと目で恐ろしく古いものだとわかる。暗い階段は、地下へと繋がっているようだ。


「この下が……【遺跡】?」


と、ルナは地の底まで届きそうな階段を見下ろして身震いする。


「ええ。来るのは二度目ですが……相変わらず、とても嫌な感じがします。魔族であれば、本能的に絶対に近付きたくない魔力濃度です。ちょっと離れた場所なら、いい塩梅なのですが」

「えっと……魔族は、ある程度の距離までは魔力に釣られて遺跡に寄ってくるけど、それ以上は魔力が濃すぎて近付けない……ってこと?」

「並の魔族では。元気が取り柄のオシリスも……この【濃さ】には、クラクラします」


なるほど。魔王の直系眷属であるオシリスは別として、【遺跡】の魔力が異常に濃いことで、魔族は中心部までは近づけない。

結果として、ドーナツのように遺跡を守る形で魔族が分布するのだ。

魔族と正面から戦える人間――【勇者】でもなければ、きっと、ここまで来ることは出来ないはずだ。


(濃すぎる魔力……か……)


ルナには、オシリスの言うような「嫌な感じ」はしない。

これはルナが人間だからなのか、それとも【魔王】という特殊な存在であるためか、判断できなかった。





ぴちょん、と、水滴が石を打つ音が遺跡の壁に反響する。

深い深い階段を底まで降りたルナとオシリスは、炎魔法で創り出した火球をランプ代わりに奥へと進む。

オシリスのぼんやりとした記憶を頼りに【剣】まで辿り着けるか不安だったが、遺跡の中はほとんど一本道で、幸い、あまり迷う余地もなさそうだった。


「それにしても、魔王様……よかったのですか?」


と、オシリスは問いかける。

魔力濃度にあてられてか、先導する足取りはやや弱々しい。


「……アイのこと?」

「はい。魔王様はもう、アイの説得を諦めたものと思っていましたから」

「そういうわけじゃ、ないけど……」


では――どういうわけなのか?

自問自答しても、明確な答えは返ってこない。


ハデスの見立てが正しければ、ルナはこの遺跡で、再び勇者アイと遭遇するだろう。

彼女が【終焉の剣】をその手に収めようとしているのであれば、ルナはという名目のもと、それを止めなければならない。


(あんな別れ方をしたあとで……?)


いったい、どんな顔をして伝えればいいのか。

そして、世間知らずなはずのルナが遺跡と剣の真実を知っている、という展開も無理がある。どうして知ってるの? なんて聞かれた日には、あたしが【魔王】で【知恵の魔族】に教えてもらった、などと言えるはずもなく……


(だめだ! 全っ然、うまくいく気がしない)


どうやって止めればいいのだろう。

止める。止める。止める。


遺跡での当面の目的は、勇者の手に【終焉の剣】が渡ることを阻止すること、なのだから。

……そうだ。必ずしも、説得を通じて目的を達成する必要はないのかも知れない。


「……ねえ、オシリス」

「はい」

「オシリス、強いんだよね?」


オシリスは質問の真意を計りかねつつも、自信に満ちた声色でルナに答えた。


「はい。オシリスは強いです。魔王様のためならどこまでも強くなれます。なんでもやれます」

「じゃあ……勇者を殺したりせずに追い払うことも?」

「はい、もちろ……え?」

「しかも、こちらの正体を悟らせずに。オシリスが、あの【リース】だ、って気付かれないことも……できる?」

「そ、それは……その」


先程まで自信いっぱいだったオシリスは、ルナの突きつける難題に困惑してか、視線を彷徨わせる。

オシリスは現在、角や羽根を隠していない魔族モードの姿である。とはいえ、そのままの姿で戦えば、アイやミーシャと一緒の時間を過ごしたあの「リース」であることがバレてしまう。それくらい、オシリスと人間の外見上の差異は小さいのだ。

リースがルナの従者であるという設定上、ルナ――ひいては魔王、魔族との関連性も明るみに出てしまうだろう。


いつかは告白しなければダメなのかも知れない。でも、それはまだ今ではない。


「……難しい、かな」

「その……」オシリスはまだ、自信なさげだ。

「前に確か、いまのオシリスは【人型】になってる、って言ってたからさ。つまり、何か別の形態になれるってことでしょ? 変身しちゃえば、アイにはバレないんじゃないかって」

「……」


オシリスは無言だった。彼女にしては珍しく、ルナのお願いに躊躇しているように見えた。

しばらく考えていたオシリスは、おずおずと口を開く。


「確かに……【真の姿】であれば、きっとアイは、オシリスがオシリスだとはわからないでしょう。でも……その、なのです」

「――心配?」

「魔王様が【真の姿】をご覧になって――、と」

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