第25話 魔王と勇者 #4

魔王城に帰還するのは、久方ぶりだった。

ずいぶんと長く離れていたような気がする。

城でオシリスとルナを出迎えたハデスは、計画が成功裏に終わったわけではないことを悟ったらしい。何も聞かずに、笑顔でおかえりなさいと告げた。


――岩崎様には――


ルナは笠村かさむらの言葉を思い出していた。


――帰るお家がございます。それが、何より素晴らしい事かと――


でも。と、ルナは考える。

道半ばに逃げ帰る家は……それほど、良いものじゃない。





元の世界に帰還する予定日まで、まだ一ヶ月以上の余裕があった。

桜花おうかとのお泊り会の名目で家を空けている以上、予定を繰り上げて帰還すると逆に言い訳が面倒だ。かといって異世界で何かやる気にもなれず、ルナは城でごろごろと日々を過ごした。


ルナの思考を専有したのはアイのことだった。

一日に何度か、いなくなったミーシャが心配になり、探しに戻ろう、せめて無事を確認しようとベッドから起き上がる。だが次の瞬間には、記憶の中にあるアイの冷酷な瞳と白刃に射すくめられ、それ以上動けなくなるのだった。


(仲良くなれた、気がしたのに……)


だって、アイの方から言ったくせに。





何日か城でうずくまり続けたルナは、ようやく、オシリスたちと食事を取ることに決めた。

それまでは極力他の魔族との接触を避けて、軽食を部屋に運んでもらっていたのだ。


オシリスはルナの復活を素直に、やや過剰なほどに、喜んだ。


「魔王様……お元気になって、オシリスは、ほんとうに……うう」

「心配かけてごめん。泣かないでよ」

「このオシリス、久しぶりのディナー、腕によりをかけて準備いたしました!」

「ん? 向こうでもオシリスが作ってくれて……あ、そっか」

「はい。あの街の食事も素敵でしたけど、やっぱり食べたくなってしまったので」


オシリスが示したテーブルの上には、所狭しと【魔族】料理が並んでいる。名前の覚えられない、見たことのない形状の食材たち。それでもルナは、これらがとても美味しいことを知っている。


「あ……これ」


と、視線を落としたルナの前に並んでいたのは、見覚えのある一皿だった。


「はい。最初に気に入ってくださった、食用オークです。新鮮な天然ものだそうですよ」

「天然とかあるんだ……そういえば、クラーケンの時にも言ってたね」

「ええ。出回る多くは養殖ものですが、やはり天然のお肉にはかないません。さ、暖かいうちに」


……ジビエ肉、みたいな感じか。このあたりの食材の価値基準は、異世界でもあまり変わらないらしい。

オシリスの気遣いをありがたく思いながら、ルナは柔らかな肉を口に運ぶ。


――その日の肉は、不思議と味がしなかった。





オシリスとハデスと共に料理を平らげて、ルナがいくらか調子を取り戻した頃。

食堂に駆け込んできたオーク兵が、非礼を侘びながら、慌ただしくハデスに何かを耳打ちした。ハデスは報告を聞き、その光のない瞳に僅かな驚きを浮かべる。


「――遺跡に?」


兵を下がらせると、ハデスは緊張を孕んだ声で、ルナに問いかけた。


「魔王様……【剣】の話、覚えていますか」

「……うん。【終焉の剣】が、遺跡の奥で眠っている、って……」


ハデスは頷いた。


「かの【遺跡】に何者かが侵入したと、報告がありました」

「それって、まさか――」


ルナは、ほとんど答えを確信しながら呟いた。

――それは、パズルのピースがはまって行くように。

まるで必然のような顔をして、淡々と現実化する因縁であった。


「おそらくは――あの【勇者】です」

「……アイ」


どうしても【魔王】は、【勇者】から逃れられない宿命にある。


「アイが遺跡に? どうして?」と、オシリスは首をかしげる。


ハデスはその疑問に首を振って、立ち上がった。


「人間側は【終焉の剣】の存在を知らないはずですが……偶然か、それとも狙いがあってのことか。万が一、【剣】が抜けてしまえば……大惨事が起こりかねません」

「どうするの? ……どう、すればいい?」と、ルナ。


ハデスは、魔王城の中心に屹立する【魔大樹】を見上げる。


「私は……重要な研究があり、現在、城から離れられません。オシリス、そして魔王様――遺跡へ出向いて、あの勇者を止めて頂けませんか。オシリスの翼なら、そう遠くないはずです」

「それは、いいですが」と、オシリスは続けた。「以前に訪れたのはずいぶん昔ですから、遺跡はどのあたりだったか……」

「何を寝ぼけているのです」


と、ハデスはあきれた声でオシリスに告げた。


「お二人が、あの隣の森ではありませんか」

「……へ?」と、ルナは眼をぱちくりさせる。


そして水が染み込むように、色々なものが繋がる感覚。


――森の最深部に、巨大な魔力の源があるらしいんだ――


月明かりに照らされて、アイはあの夜そう言った。

街の住人が、すぐ側に暮らしながらも一定の距離を置いていた不可侵領域。

決して近付いてはならないという森の奥。

そこに、異常な濃度の魔力で満ちた【遺跡】があるのだとすれば。


オシリスの表情にも、ぱっと理解の光が差し込んでいた。


「――ああ! あの森の奥から漂う嫌な感覚! どこかで覚えがあると思いましたが……」

「……てっきり、わかって滞在しているのかと」

「そんなこと言っても」と、オシリスは頬を膨らませた。「以前【剣】を抜きに行ったときは、何百年前か……。人間たちが、あんな街を作るよりずっと前だったのですから」

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