第16話 勇者 #5
「魔王を……倒す? あたしが?」
ルナはアイにがっしりと手を掴まれたまま、目を白黒させた。
何と答えるのが正解なのだろう。
魔王を倒そうと言われても、たぶん、あたしがその【魔王】なんだけど……。
アイはキラキラとした瞳でルナを見つめている。
ルナは戸惑いと共に空を見上げた。のっぺりとした【黒】はきれいに消え去り、いつの間にか、澄み渡る夜空へと戻っていた。
「……」
オシリスの展開した防壁のおかげで、時計塔以外の街は被害を受けていない。
だが空が急に真っ暗になったことや、時計塔の崩壊する音に異常を感じた住民が、ざわざわと集まって来ていた。
おそらくルナとアイは、時計塔の崩壊に巻き込まれた民間人に見えているに違いない。
「ま……ルナ様ぁ!」
聞き慣れたオシリスの声。
彼女はぐいぐいと人混みをかき分けて、地べたに座り込んだ姿勢のルナのもとに、スライディングしそうな勢いで駆け込んでくる。
「お怪我はありませんか!? ああああ……しっかりとお守りすべきでしたのに! いますぐ城に戻って精密検査を」
「だ、大丈夫だから。落ち着いて」
オシリスは、まるでルナが致命傷でも負ったかのように涙を流して嘆く。
大事故かと勘違いした街人が立ち止まり、それを見た別の人も輪に加わって、周りに人垣ができつつあった。
「……」
アイは、その光景をしばらく見つめていた。
そして痛む脚をかばって立ち上がり、ルナに背中を向けた。
ルナは、アイの様子が先程とは違っていることに気が付いた。
「……アイ?」
「ルナの家、ずいぶん立派な所なんだ。そっか……そりゃそうだよね」
「ううん、そんな……」
と否定しかけて、ルナは自分の服を見おろした。
どこかの姫様のような、ヒラヒラとした豪華な装い。この服装で出歩き、身を案じる従者が駆け寄って「城に戻る」などと口にしていれば、そう見られて当然であった。
「帰る場所が、あれば……」とアイは呟き、ルナに背を向けたまま、「ごめん、さっきのは忘れて」と告げた。
そのまま振り返らずに、勇者アイは足を引きずって歩いてゆく。
彼女に声をかける者はなく、アイと関わることを避けるように人垣が割れた。
「――言わなくたって、どうせ忘れるか……。結局、みんな……」
誰にも聞こえない小さな呟き。
風の流れによってか、それはルナの耳まで確かに届いた。
「……」
ルナは【勇者】の後ろ姿を、いつまでも見つめていた。
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