第11話 週末異世界 #6
「ヤキというくらいですから、てっきり焼くだけかと……」
魔王城のキッチンにて、エプロンをつけたオシリスがルナにたこ焼きの作り方のレクチャーを受けていた。
二人の背後には、山盛りのクラーケンの「ぶつ切り」が積まれている。当然ながらそのままのサイズでは食卓に出せないので、結局適度な大きさにカットする必要はあるのだけど。
「たこ焼きは形が大事なんだよ。さてはクラーケン狩りで忘れてたな?」
「はい……」シュンとするオシリス。それを見て、ルナは慌てて補足した。
「いや、あたしも忘れてたけど……」
言いながら、ルナはキッチンを見回した。
これまでの食事でもパンらしきものは出ていたから、小麦に相当する穀物はあるはずで、それなら問題なく生地を作れるだろうと思っていた。
だが――たこ焼き器なんてものはもちろんなく、代わりになりそうな調理器具も見当たらない。
焼き器問題。これに気付かなかったのは、たこ焼きを愛するものとして不覚である。
でも、海の上をすっ飛んだあと巨大蛸に襲われたんだから、そのくらい頭から抜けるのも仕方ないと思う。たぶん。
「しょうがない。よーし、作戦変更だ!」と、ルナが拳を突き上げた。
「お、おー?」と、オシリスも顔に疑問を浮かべたまま、そのポーズを真似た。
◆
食卓にルナ、オシリス、ハデスの三人が座り、完成した料理を覗き込んでいる。
「そして……これが出来たと」と、ハデスは興味深そうにしげしげと「それ」を観察する。
「たこ焼きっていうか、お好み焼きになったね」
ルナが言う通り。食卓に並んでいたのは、クラーケンの肉を入れて焼いた平べったい粉もの料理――お好み焼きのようなもの――であった。
ルナはナイフでそれを切り分けて、口へと運ぶ。
「魔王様、まんまるではありませんが……その、お味は……?」
「……美味しい」やや大味ではあるが、確かに味はタコであった。
「本当ですか?」
ぱっと笑顔になるオシリス。
ルナと一緒に新鮮な素材を現地調達して料理も完成させ、美味しいという言葉を貰えたことが嬉しいのだろう。ぱたぱたと犬のように尻尾を振りながら、オシリス自身もたこ焼きもどきを食べ始めた。
「ところで……」と、ハデスはキッチンに目を向けて問う。「ずいぶんと大きな食材を持ち帰ってきたように見えましたが、あれは?」
オシリスは、もぐもぐと食事を頬張りながらハデスに応える。
「魔王様の魔力に当てられたのか、水魔法を使うクラーケンが襲って来たので。おそらくはあの地のヌシかと」
「クラーケン・ロードを狩ったのですか……」
ハデスは、偏頭痛をこらえるようにこめかみを抑えた。事情はよくわからないが、何やら大変そうなものを持って来てしまったらしい。
オシリスは悪びれるでもなく、胸を張った。
「魔王様には最高のものを召し上がって頂かなくてはなりません。クラーケンではなくクラーケン・ロード、食用オークも養殖ではなく天然を。こうして共に囲む食卓がどれだけ貴重で光栄なものか、わかっているのですか? ハデス、あなたは以前も――」
「わかりました、わかりましたから」
◆
その後もルナは週末ごとに異世界へと召喚され、魔大樹への魔力補充を続けた。
滞在中はハデスに家庭教師をしてもらい、オシリスの料理を楽しんだ。
クラーケンの一件以来ルナが食材調達に駆り出されることはなかったが、その後もオシリスは毎回のように新しい食材を用意して、ルナの感想を聞いては一喜一憂していた。
中間試験が終わると、翌週末からルナはハデスに【魔法】の使い方を教わった。
魔法則と呼ばれる魔力操作のルールを学ぶことで、本能のまま魔力をぶつけて破壊する代わりに、火・風・水・土という四元素を通じて精度の高い魔力を発現させることができるようになった。
聞くところによると、魔法と言えば四元素のどれかに属するもので、ルナのように【魔力】を純粋な形で使う前例はないらしかった。
異世界での生活は刺激的ではあったが、それでもルナは、現実世界での「ふつう」の日々を大切に思っていた。
幼い頃の――岩崎家に引き取られる前の――記憶から、
普通に生きることは決して当たり前ではないのだと、ルナは理解していた。
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