第09話 週末異世界 #4
――翌週末。
ルナは異世界で、魔大樹に【魔力】を補充しながら、試験勉強を進めていた。
魔力と脳みそを同時に絞るスタイルも慣れたものだ。
一週間のあいだ教科書を預けていた成果は凄まじく、ハデスは進学校が一年でカバーする学習範囲を、全教科、完全に習得していた。
「いやー、ほんとにすごいよハデス」
と、オシリスの淹れたお茶を飲んで休憩しながら、ルナは即席家庭教師を称賛する。
「恐れ入ります」
「いよっ! 【知恵の魔族】っ!」
オシリスはその光景を前に、ううう〜、と悔しがっている。褒めて欲しいらしい。
「魔王様魔王様、オシリスも! オシリスもお勉強をお手伝いします!」
「オシリスに何が教えられるというのです」辛辣なハデスの突っ込み。
「飛び方とか!」
「学校じゃ使えないなぁ……。そもそも、羽根ないし」
しくしく涙を流すオシリスを横目に、ハデスはティーカップ――これもルナのために人間の街から調達したらしい――を傾ける。
その中の液体の味を愉しむように目を閉じて、ハデスは少し誇らしげに語った。
「魔王様の世界の技術に比べれば、魔法則の基礎は難しいものではありませんよ」
「今回こっちに来た時に、事典とか図鑑、色々貸してあげたけど……もう読んだの?」
「ええ、大半は」
「あたしも、それくらいサクッと【魔法】覚えたいなぁ」
「試験が一段落したら、ちゃんとお教えしますよ」
――などと。
仲睦まじく会話する二人を、オシリスは唇を噛んで見つめていた。
◆
翌日。
オシリスは翼を広げ、海の上を飛んでいた。
オシリスの腰に腕を回してぶら下がっているのは、完全に血の気が引いたルナだ。
風にあおられて、ルナの身体が上下左右に振り回されている。
「オシリス! 速い高い寒い怖い! 待って、ゆっくり飛んで! てか高度下げて!?」
「もう少しです魔王様! タコヤキのためですよ!」
「たすけてぇぇぇぇ!」
――話は、数時間前に遡る。
「――タコヤキ……ですか?」
ルナが一番好きな料理として答えたその単語を、オシリスはオウム返しに繰り返した。
どうやら、ハデスが家庭教師役として活躍している様子を見て、オシリスはルナの好物を作ることでポイントを稼ごうと意気込んでいるらしい。
「うん、やっぱ好きなのはそれかなぁ。最近も、たこパしたんだ。焼いてないけど」
「パ? 焼いてないのに、ヤキ……?」
はてなマークを沢山浮かべるオシリスに、ルナは基礎からたこ焼きの説明をしてあげた。
内容が材料に及び、
「それなら、こちらの世界にもいます! 作りましょう、タコヤキ!」
と、オシリスはルナを半ば強引に連れ出して、こうして海の上を飛行しているのだった。
「ふいー……安地安地。死ぬかと思った」
結局、オシリスはルナを背中におぶって運ぶ形で落ち着いたらしい。
肩甲骨の付け根あたりから生えている黒い羽根が邪魔ではあるが、腕の力だけでぶら下がるより百倍マシだ。
ずっと何もない海の上を飛んできたが、既に、進行方向に岩場が見えている。
先程までは命の危機でそれどころじゃなかったが、異世界にも地球みたいに海や陸があるんだなぁ……と、ぼんやり景色を眺める余裕も取り戻していた。
ちょっと楽しい。
「オシリスが一番好きな時間は、こうして魔王様と空を飛ぶときです」
「今日が初じゃん……。ちなみに次に好きなのは?」
「魔王様に料理を作って差し上げるとき……でしょうか」
「じゃあ三番目」
「勉学に励んでおられる魔王様を遠くから眺めているときですね」
「五百年以上のランキングが完全に塗り替えられてる……」
孫が生まれたばっかりのお婆ちゃんみたいだ。
「それにしてもさ」と、ルナはオシリスの羽根をつんつんと突きながら言う。「オシリスって、見た目によらずパワーあるよね」
「はい、オシリスはとっても強いので。お城を守っているのもオシリスなのですよ」
「城をあけて大丈夫なの?」
「はい」と、オシリスは応える。「オシリスは――常に、身体を七つに分けています。ここにいるのはそのうちの一体。人型になると機動力も上がりますし、お料理を作ることもできて色々と便利ですからね。そして残りの六体は、元の形態のまま魔王城を防衛中です」
身体を七つに分割。
人型。
元の形態。
何やら人知を超えた不穏なワードに苦笑しながら、ひとまずルナは最初の部分だけに言及した。
「じゃあ、【七分の一】のオシリスかぁ」
「オシリスはとっても強いので。【七分の一】の身体でも、魔王様をお守りできますとも」
◆
二人が到着した場所は、ゴツゴツと岩が立ち並ぶ海辺の半島だった。
透明度の高い水の底に、真っ黒な岩が横たわっている。
高波が鋭い岩で砕かれ、水しぶきがルナの顔まで跳ねてくる。口の中に入った水は、ルナの世界と同様にしょっぱかった。
ごしごしと顔を拭く。
「ここにいるの?」
と、ルナは水の中を覗き込みながら、オシリスに問う。
「はい。警戒して身を隠しているようですが」
「へぇ。釣り道具とか持ってきてないけど……」
「もっと手っ取り早い方法があるのです」
と、オシリスは右手で自身の左手を「がしっ」と掴む。
(……?)
その行動の意図を汲み取れずに、ルナは首をかしげる。
――次の瞬間。オシリスは、力任せに自分の腕をぶっ千切った。
「う、うわわわなに何ナニ!?」
オシリスの腕から血がほとばしる。
ドン引きするルナ。
オシリスは顔色一つ変えずに、引きちぎった腕を「ぽん」と海に放り投げた。オシリスの傷口からはしゅるしゅると触手が伸び、腕を再生する。
なんか、既にこれがタコみたいなんだけど……。
オシリスはじっと海の底を見つめて、淡々と説明を続けた。
「彼らは血肉を好み――特に魔力濃度の高い餌は、最優先で捕食すると言います」
「……血肉?」
「元気のいいオシリスの肉であれば、おそらく――」
タコの生態には詳しくないけど、魚とか食べるんじゃないの? どうして魔族の肉を……。
――嫌な予感が、冷や汗とともにルナの背筋を流れ落ちる。
(……)
海の底から――地鳴りのような音が響いた。
ルナが固唾を呑んで凝視する中、水底から真っ黒な岩がせり上がってくる。
……いや、違う。
あれは「岩」じゃない。
最初から、あれはこの場に居たのだ。
海の水が盛り上がり、そして――
「……ッ!?」
二十メートル――いや、八本の足を含めればそれ以上に達するかという巨大な蛸が、ルナたちの前にその姿を表したのだった。
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