第9話

 そこにいたのは、6年前に私と退学したはずの女性だった。リナを選んで、私はトワを振っていた。

 恐らく魔法で顔を少し変えているんだろう。すぐには気付きにくいほど印象が違っている。


「何で貴女がトワといるの……」

「……何のこと」

「惚けないでよ」


 蒼白な顔の私をトワが怪訝そうに見ている。


「貴女、リナでしょう。何でまたこの街にいるの」

「……どういうこと?」


 トワが怯えた表情で傍らの女性を見上げる。


「……リナは、6年前に私と街を出た人よ」

「……嘘」


 愕然とした、でもまだ信じられない様子で彼女はリナに呼びかけた。


「……リナ?」


 答えないリナに、トワはぎゅっと腕を掴む。


「……ねえ、」

「……鬱陶しいわね」


 俯き加減だった顔を上げたリナは、酷く冷たい双眸でこちらを睨めつけた。その様子にトワが息を呑む。


「貴女こそ、どうして戻ってきたのかしら」


 リナが苛ついたように長髪をかきあげた。


「これからじっくり溺れさせて、貴女みたいに振るつもりだったのに。邪魔しないでほしいわ」


 低い声で吐き捨てるように彼女は語る。先程までの優しげな雰囲気は完全に消えていた。


「……私はね、最初から誰も愛してなんかいないの。滅茶苦茶にしたかっただけなのよ」


 淡々と呟くリナの目付きは別人のように鋭かった。


「そもそも私は、貴女たちと同じ人間じゃない。所謂、魔物の類ね。……誰も気付かないなんて馬鹿みたい」


 薄く嗤う顔がぼやけ、見知らぬ顔に変わる。乱れる銀髪が、不気味なほどの美しさを際立たせていた。未だ動けない私たちを尻目に、静寂をリナの声ばかりが乱していく。


「また今まで通り、新しい人を探さなきゃ」


 独り言ちたリナがトワの首元に手をかけた。


「止めてっ」


 我に返って叫んだ途端、銀色の稲妻が走る。バチッという乾いた音と共に、トワの身体から力が抜けた。咄嗟に駆け寄って両腕で抱きとめる。


「じゃあね、メイ。……せいぜい2人で楽しめばいいわ」


 ――そう吐き捨てると、リナの姿は幻のように揺らぎ、そのまま消えていった。

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