第8話
2年近くが経って故郷へ帰り着いた日、街は綺羅びやかに飾り付けられていた。奇しくも私は、あの日と同じ時に戻ってきていたのだ。自然と足が学院の方へと向かう。
茂みの近くで、人影に振り返ったときだった。轟音と共に花火が開き、辺りがきらきらと照らされた。
私の目はその瞬間はっきりと、トワの顔を捉えた。
「どうして……」
彼女の胸には、あの頃好きだと言っていたワレモコウが揺れていた。髪色によく似た、赤みの強い褐色の花がよく映えていた。そしてトワの隣には、長髪の女性がいた。
――私たちが気に入ったルドベキアは、もう咲かないのかもしれない。
そう思いながらも、私はトワに話しかけずにはいられなかった。でも声を掛けても、トワは暫く硬直したまま言葉を発しない。
「……遅すぎるわ」
ようやくきつい声で答えた彼女の唇は、震えていた。耳慣れない女性らしい口調に、自分たちが随分大人になったことを思い知らされる。
私が、彼女を選ばなかったのに。私のことなんか忘れてほしいと願ったはずなのに、待ってくれるはずだと信じてしまっていた。それほど、私はあの時点でトワに心を預けてしまっていた。
馬鹿な私は、こんなにも時間が経たなければ気付けなかった。よりにもよって、自分から捨ててしまったなんて。
深く後悔しながらも、なお往生際悪くトワに縋ってしまう。少しでも長く話そうとしてしまう。
「私のこと、忘れてしまったの」
「……貴女こそ、私のことなんて忘れたんじゃなかったの」
厳しい口調でトワは私を詰る。隣にいる長い銀髪の女性が、気遣うようにトワを見つめた。
「それは……」
「……忘れられたら、楽だったのよ」
言葉に詰まる私を睨み、大きな目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。改めて、私がどれほどトワを傷付けたのかが突き刺さった。
6年間、どんな人生を綴ってきたのだろう。私はその欠片も知らないのだ。
俯きかけたとき、もう一度銀髪の女性が目に入る。トワを見下ろす美しい横顔。
……知らない顔立ちなのに、胸騒ぎがする。誰かに似ている錯覚を覚えた。
「……リナ?」
小さく呼びかけた途端、僅かに女性の顔が強張った。
……それが答えだった。
◇◇◇◇
定義できているかさえ分からない感情。
それでも、伝えた方が良かったのだろうか。
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