第7話
私が学生の頃のことだ。
昼食を食べて朦朧とした頭で講義に耐えたあと、私はトワと空き時間に外出していた。ふわあ、と欠伸をしながらゆっくり街道を下って行く。
ちゃんと食事をしろと言うくせに眠気には配慮してくれないなんて、ちょっと理不尽じゃないだろうか。そんな下らない文句を考えていた。
「メイ、ちょっと来て」
雑貨屋の棚の陰から聞こえたトワの声に、急いで駆けていく。
「どうしたの」
満面の笑みで振り返ったトワの手には、綺麗な手鏡が2つ握られていた。鏡の縁取りと持ち手に美しい宝石が埋め込まれている。濃いオリーブ色の宝石には、太陽の紋章が刻まれていた。
その高級そうな鏡は、学生にはかなり手が出しづらいはずの代物だった。
「……これ、高いんじゃない?」
「これくらいの大きさならそうでもないよ。それに、6年に1度のお祭りなんだから」
ちゃんと準備をしないと、と微笑んだトワを、私はとても愛しく思った。結局私たちは、揃いの宝石を握って店を後にした。
講義の時間が迫り学院へと急いでいると、後ろから話しかけられた。
「ねえ、私は何人目?」
「え?」
トワからそんな質問がくるのは初めてで、驚いた私はついトワの方を振り返った。
私と対照的に、トワはいつもと変わらない表情で尋ねていた。
「……わからない。ごめんね」
「そう」
あっさりとそれだけ言うと、トワは私の手を引いて先に歩き始めてしまった。ぎゅっと手を握られ、私もつられて前へ進みだす。
「……私にも、今までに誰かがいたら良かったのに」
微かに、そう呟く声が聞こえた。少し寂しそうで、でもどこか拗ねたような口振りのトワが何を考えていたのか、私はよく分からなかった。
同性と普通に仲良くなりたいと思えなかった私には、トワは異質な存在だった。なぜか、不埒な意味を抜きに興味を持てそうな人だった。
それほど淡くて脆い感覚を、当時の私は持っていた。
◇◇◇◇
あの瞬間、私の世界は塗り替わってしまった。どうやって生きてきたのか、分からなくなるほどに。知らないことなんてどうでもいいほど、信じていた。
貴女が私を救ったのか。
私が貴女を救ったのか。
今更私は、選択などできないのかもしれない。変化に気付くのが遅すぎた、私では。
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