後編

第6話

 私はあの日、彼女を置き去りにした。別の人を選んでしまった。

 何もかも失った私が最後に思い出したのは、彼女だけだった。やっと、かけがえの無さに気付いた。

 ようやく彼女を見つけ出し、再び手を差し伸べたとき。


 ……あの日と同じ景色の中、彼女は別の誰かの手を握っていた。



 ◇◇◇◇



「……もう貴女には、付き合いきれないの」


 そう言って、恋人は去ってしまった。もう何度目だろうか。今度こそと思っていたのに。初めて4年も続いたのに。

 出て行こうとする背中に流れる、以前より少し伸びた銀色の髪を、私は掴むことが出来なかった。


 昔から、何人もの女性と関係を持ってきた。私から慕ったことも、相手から求められたことも、大分あると思う。……大勢にきちんと好かれることで、普遍的な価値を感じたつもりだったのかもしれない。だから、誠実さだけは大切にしていた。

 だけど決まって、最後には私が別れを告げられた。彼女たちは皆、私には付き合いきれないと、同じことを言って去っていった。


 彼女を失った私には何も残っていなかった。ずっと前に家を出てからあちこちを転々としてきたから、知人ですら全くいない。もう故郷には帰らないものだと思ってきた。



 ……失意に沈んだ私が思い出したのは、泣きそうな様子で私を見つめるトワの顔だった。唯一、私から置き去りにしてしまった人。4年前の私の恋人。


 私は未だに、トワと関わった日のことをありありと思い出せた。同じ学院にいた私たちには全く接点がなかった。1人花壇整備をしていた彼女に、私が話しかけたのが始まりだった。

 別に、何の他意も無かった。何故か目立っていた彼女と、一言話してみたいだけだった。


「ねえ、何してるの?」


 話しかけたとき、トワは意外そうな顔で僅かに身を引いた。


「メイっていうんだ」


 そう少し笑いながら、私はトワの横に屈んだのだった。



 ――還りたい。

 単純に強くそう思った。……結局、元に戻ることを望んでしまうようだった。


 後先を深く考えないまま、突き動かされるように故郷への道を辿り始めた私には、旅路の長さや厳しささえ気にかけることは出来なかった。

 ――ただ1つ、トワとの想い出だけが頼りだった。

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