第5話

 とうとう始まった、6年に1度の祭り。神聖な貴石を祀る行事では、国中に深碧色の宝石が飾られる。

 この石は、彼女との約束の印だった。太陽を模した紋章が描かれた宝石は、今も戸棚に眠っている。2人で買った美しい手鏡の装飾だ。あんなことがあっても、私は捨てることが出来ないでいた。



 ◇◇◇◇



「綺麗ね」

「本当に」


 数々の露店で賑わう通りを、私たちは手を繋いで歩いていた。準備期間とは比べものにならないくらいの輝きが街を覆っている。

 私も今日はいつもより上等の服を着て、胸元に加工したワレモコウを差している。リナの銀髪にも、ハナズオウの花が1輪飾られていた。

 もうそろそろ、花火が上がる頃だ。段々と人通りが多くなっている。



 人混みの中を歩き回っているうちに、いつの間にか学院の敷地内に入っていた。祭の日は学院の門が開放されて、図書館や聖堂に街の人が自由に出入りできるようになっている。

 この辺りで、私はメイと別れたのだ。思い出して、少し動悸が激しくなる。


 そのまま通りかかった、混雑のましな茂みの近く。横を通った人影に私の視線は吸い寄せられた。自然と足が止まり、ゆっくりと振り返る。


「どうしたの?」


 怪訝そうなリナの声も気にかけられない。

 ……何か、既視感があった。予感に駆られてじっと影を見つめる。

 暗がりの中、相手もはっきりと私を見つめていた。目線が真っ直ぐ交わり合う。

 ――もう、間違いないと思った。


「……どうして」


 喉で声が詰まり、掠れて零れ落ちる。

 頭上で開く大輪の花に照らされて、彼女の顔が浮かび上がった。目が覚めるように変わらず美しい赤髪が煌めく。

 私の眼は、見覚えのある容姿から離れなくなってしまった。



 ◇◇◇◇



 ――どうして今なの。私が、貴女を忘れるためにどれほど努力したか。貴女があの人を選んだのに。



 ◇◇◇◇



 6年もの月日が経っても、メイの顔はあまり変わっていなかった。リナの手を握る私を見て、どこか呆然としていた。


「……トワ」


 隣にいた頃より少しだけ低く、大人びた声でそう呼ばれた。幾夜も焦がれた声に、どうしても胸が締め付けられる。何も忘れられていないことが却って辛かった。


 静かに見つめられても、私は暫く、何も言うことが出来なかった。

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