第3話 美しさの法則

 脳内メモ帳に言葉を淡々と綴り、車窓シアターにバッドエンドが決定しているグロテスクな世界を映し出していると、この世の美しいものや人間が感動を覚えるものの法則に気がついた。


 それは、人間が美しいと感じるのは破滅と再生、そして、誕生の時ということだった。


 これを彼氏と彼女の物語に付け加えよう。そう決死した。ということを思うより先に、脳内メモ帳の主は、己が考えた主観的な美徳を中心に添えていた。


 あの法則が成り立つように世界を再構築しよう。だが、ここまで折角考えたストーリーを省くのは過去の自分を否定しているようだと思い、現在上映中のところまでは同じストーリーにした。

 脳内メモ帳の整理は完了し、原作であり、スタッフであり、監督である彼は、誰にも見えないペンを握り、再び走らせ始めた。

 そうして、自分しか知らない物語を書いていた。誰にも見せない、見せる気がない。自分で満足するためだけに書いていた。そして、車窓シアターに上映し不敵な笑みを浮かべる。


 シアターに映し出されているのはまだ序盤の序盤。まだまだ降りる駅まで時間があると、余裕の顔。脳内メモ帳はアイデアでいっぱいだったが、物語として紡ぎ出すには稚拙すぎる。幾ばくかの時が過ぎ、骨格がやっと見てきた。しかし、途切れ途切れである。今、点と点の細胞たちが群をなし、骨を形成していくのが感じ取れた。頭の中でアイデアがつながり、ストーリーの大枠ができた。

 ストーリーの大枠はできた。あまりにも大雑把だったため、少しずつ考えていく。


 不敵な笑みは変わらず浮かんでおり、その良くもなく、悪くもない印象に残らない顔を、達人たちが自分の持てる技術の全てを費やして完成させた映画に出てくる不気味な顔としか言いようがない、自然界には存在しない形相がそこに存在していた。

 周りから見れば目を合わせることも憚られるような顔だった。まだ、若いのに。将来に希望を持ち、今にも世界という大海原に飛ばんとする血気盛んな若者らしからぬ顔をしていた。

 

 だが、当の本人は自分の表情などには目も触れず、夢中になって物語を考えている。自分がこの世界の創造神なのだと、優越感に浸っていた。日常で妨げられてきたストレスと元から持っていた醜さ、そして、積もらせていた劣等感を持って、物語は綴られていく。破滅的な世界はさらにグロテスクになり、彼氏と彼女の物語はバッドエンドよりも酷い場所へと向かっていく。



 人の不幸は蜜の味。もしくは焼肉かもしれない。


 ただの日常の一風景のはず。これがその一風景だとしたら、碌な大人にはならないだろう。誰かが止めてやらねば。

 だが、彼に救世主が現れることはないだろう。この物語は、別世界の創造神が作っているのだから。


 せめて、クローバーの花でも添えてあげよう。どうすれば、少しは救われるだろう。


 

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