第5話
「あなたなんてお名前?」と聞かれた。鈴を転がした様な声だった。
「花影 真緒です。」
「どんな漢字で書くの?」
「花に影で花影、真実の真にへその緒の緒で真緒です。」
「素敵な名前ね。私は森 天音。天の音って書いて天音。六花の金木犀よ。」ふわふわした優しい雰囲気の先輩だ。ふと、先輩のまとう金木犀の香りに午前中の事を思い出した。
「天音先輩、私達の部屋の案内をしてくださいましたよね?先輩が立ち去った後も金木犀のいい香りがしていたんです。」
「ええ、真緒ちゃんも一緒の子も仲が良さそうだなぁと思っていたわ。」
天音先輩が中央階段の脇にあるエレベーターのボタンを押した。驚いて、
「え、エレベーターって乗っていいんですか?」と質問してしまった。てっきりエレベーターは先生や怪我や車椅子の人のみが乗るものだと思っていた。
「ええ、もちろん。年齢があがるにつれて階数が上がるから先輩達はかなり使ってるわ。それに、水に濡れて色が変わってしまった姿をたくさんの生徒に見られたくないでしょ?」私はそんな事全く考えていなかったから、すごく気遣いのできる先輩なんだなと思った。エレベーターに乗って先輩が3階のボタンを押した。ボタンが5階まであるし地下もある。どれだけ豪華な宿舎なんだ、と思った。
「3年生までしかいないのに5階まであるんですか?」
「実はね、六花と優秀な成績を納めた数名の生徒は2人部屋よりも広い1人部屋かそれより広い2人部屋がもらえるの。私は広い2人の部屋で、3年生の六花の天花の方と一緒にいるわ。」3階に着いた。1年生のいる2階とはなんだか雰囲気が違う。いろんないい香りがする。
「てんげってなんですか?」
「天花って言うのはね、天に花と書いて天花、自分と移り香の契りを結んだ3年生の呼び名よ。ちなみに2年生は花に神で花神、1年生は初花っていう呼び名があるの。」
「そうなんですか。質問ばかりで申し訳ないんですけど、ちなみに移り香の契りってなんですか?」
「移り香の契りはね、あ、私の部屋はここ。」そう言ってスカートのポケットから鍵をとりだしてドアを開けた。
「どうぞ上がって。」
「お邪魔します。」既に部屋の豪華さが違う。私達の部屋は宿泊学習用の施設みたいな素朴で簡素な部屋なのに先輩の部屋はホテルの部屋みたいだった。そもそもサンダルを脱ぐと、フローリングじゃなくて絨毯が敷いてあるし、部屋のサイズも私達の部屋の2倍ぐらいだった。奥にあるベッドがもぞもぞ動いていた。さっき言ってた3年生の先輩なのかなと思った。眠たげな声で、
「あれ?天音?今日は新入生の案内の仕事があるんじゃなかったっけ?天音?」と言った。それから何度か瞬きをしたその人は私を見ていたので私はぺこりと会釈をした。
「おはようございます。真緒ちゃんが食堂で他の生徒とぶつかって濡れてしまったので、替えの制服を貸してあげようと思って連れてきたんです。」私達のより上等なクローゼットから制服を出した天音先輩が答えた。私はもう一度会釈をした。そしてこちらに振り返って、
「とりあえずそこの奥でこの制服に着替えてね。多分サイズはあまり変わらないと思うけど着替え終わったらまた声かけてね。」そう言われて指示された奥を見るとなんとフィッティングルームの様なカーテンがかけられるところがあった。六花の部屋にはこんなものまであるんだ!と感心してしまった。自分の周りにカーテンを一周ひいて、天音先輩のセーラー服に袖を通す。途端に金木犀の香りが私の内側からにおいだした。先輩のセーラー服には金木犀の香りが染みていてさっきまで隣でほのかに香っていたものが、私の中から香り出すような感覚に陥った。サイズはちょうどよかった。その場でくるりと回ってみるといい香りがふわっと上に登って来て鼻腔を刺激した。カーテンを開けようと思った時、先輩達の話し声が聞こえた。
「天音、どんな感じ?いい子いた?」
「そうですね、私は真緒ちゃんがふさわしいと思いましたけど、真緒ちゃんのお友達もかなり華のある子がいましたよ。あと、椿棟にも数名。」聞いちゃいけないことを聞いた気がして、急いでカーテンを開けて、
「着替え終わりました!あの、濡れた制服って自分の部屋で干しておけば乾きますかね?」と言った。
「あぁ、一応水シミになったら嫌でしょうから私がクリーニングに出しておくわ。」と言って天音先輩が手を出したので
「いえ、そんな大変ですから大丈夫です!」と言ったら、
「そんなことないわ、それにもしシミになったら3年間着るのに可哀想だわ。」と言われた。
「じゃあお言葉に甘えて……お願いします。」と言って濡れた制服を手渡した。
「じゃあ、戻りましょうか。」と言われて部屋から出ようとした時に、天音先輩の天花がこう言った。
「天音、私は天音を信じてるから天音が誰を選んでも構わないよ。」
「はい、ありがとうございます。」天音先輩が答えた。先輩たちの間には良い信頼関係があるんだなと思った。
「お邪魔しました。」と言って部屋を出た。
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