脅迫×代案

「……今の仲間って、探索者を辞めるんじゃなかったのか?」

「特にそういうことは言ってないよ。こっちの事情はあんまりハッキリとは言えないから理由を言わずに出たけど」


 木田と新子の間には多少の距離があるように思える。新子が俺に気を使っているのかと思ったが、むしろ木田の方が距離を空けているようにも見える。


 前に新子が言っていた「私は化け物」という言葉が頭に浮かび、自分の表情がこわばっていくのを感じる。


「木田くん、ごめんね。この近くだとあんまりゆっくり出来るようなお店とかないからこんなところで」

「別に何でもいいけどな。遊びに来たわけでもない」


 少し前まで仲間だった……そんな距離感ではなく、かと言って「どうでもいい」相手にするとは思えないほど時間をかけてここに来ている。


「みんなは元気にしてる? まぁ、数日前と変わらないか」

「そりゃな。……俺の仲間は平気だ……が、ちょっと問題が発生して、今は迷宮探索を中止している」

「問題?」


 木田は新子との間にいる俺を邪魔そうにし、位置をずらして俺が間に入らないようにするが、俺も一歩動いて間に入り込む。

 木田は明らかにイラついた様子を見せるが、俺を無視して新子の問いに答える。


「攻略中の中層迷宮【愚問の墓廟】が占拠された。質もそれなり、それほど数は多くないように思えるが……」

「まぁ、人相手に戦闘はね」


 自分が死ぬことになるのも、殺すことになるのも避けるのは当然か。


「あそこは食べ物になる動物もいるし、迷宮内で生活するなら楽な方だもんね。でも、わざわざ占拠って……犯罪者集団が警察から逃げたみたいな感じかな」

「詳細は分からない。が……まぁ日の元を出歩ける人間じゃないことは確かだな」


 新子はどこか嫌そうに、けれども笑顔を崩すことなく木田を見る。


「……それで私に戻ってきてほしいの?」

「ああ、俺は迷宮を攻略したい。邪魔をする奴は倒したいが、他の仲間はどうにも乗り気ではない」


 そりゃ……犯罪者とは言えども人間と戦うのは嫌だろう。

 俺は新子の方を見て首を横に振る。


「受ける必要はないだろ。占拠されていて食べ物が取れると言っても魔物がいる場所で長時間居座るのはキツいだろうから、ほっとけば勝手に出てきて警察に捕まるだろ。迷宮内よりから刑務所暮らしの方が楽だろうし」


 もしくはほっとけば魔物に殺されるか病死するだろう。という言葉は隠しておくと、新子は俺に同意するように頷く。


「まぁ……そうだね。木田くんには悪いけど、私も人と戦うのは嫌かな」

「問題は「本当にそこまで追い詰められているのか」だ。……ほんの五年前、アメリカで新興宗教の団体が同様の事件を起こしたことがある。今も存続しているらしく、下手すれば何十年と待つことになる」

「それは新子さんが協力する理由にはなってないだろ」


 木田は「新子さん?」と一瞬怪訝そうな表情を浮かべてから新子の方を見る。


「今はそう名乗ってるの」

「……相変わらず、人に媚びてんなぁ」


 みっともないとでも言いたげに木田は息を吐く。

 それから自らの車のボンネットに腰を預けて俺を見る。


「お前さ、名前は?」

「西郷 良九。そっちは木田であってるよな」

「そうか。西郷……お前、なんでここにきた? いや、答えなくていい。……普通、わざわざ前の仲間やらに会う時についてくるなんてことはないだろ」


 男は桜の花びらが舞うのを面白そうに見ながら話を続ける。


「お前さ……柊が俺の誘いに乗ると思ってるだろ。「誰にでも優しい」コイツは直接助けを求められたら断らないと思って」


 俺が返事をせずにいると、木田は自分の目の前の桜の花びらを指先で弾く。


「庇うように立ってる。けど、内心気がついてるだろ? 庇っているんじゃなくて、柊が俺の方に来れないように縛り、捕らえている」

「……悪趣味な恋愛小説でも読みすぎだろ」

「じゃあ、そこを退いて帰れよ」

「仲間……友人が嫌がることをさせるわけないだろ」


 俺が眉を顰めて木田を見ると、木田は面倒くさそうに息を吐く。


「あー、なんだ。騙されてるとまでは言わないが、勘違いしてるぞ。柊は人間に嫌われるのが嫌いで媚びているだけで、別にお前個人が大切とかそういうんじゃない」

「……喧嘩を売っているのはよく分かった」

「そういうんじゃない。利用するならいいけど、入れ込むなって話だ。優しい先達からのアドバイスをしているだけだ」

「……気分が悪い。帰るぞ、新子」


 新子はほんの少し迷ったように頷き、俺と一緒に帰ろうとするが木田に止められる。


「なぁ西郷。どうして「初対面から親切にしてくれるやつ」が「自分を特別に思ってくれている」なんて信じられるんた? 三年も共に過ごした俺達をすぐに見捨てるやつだぞ。柊の中でお前と俺に差があると思うのか?」


 俺に向けた言葉……ではないだろう。俺に対して語るフリをしているが、揺さぶるつもりなのは新子の方だ。

 俺が新子の小さな手を取ると、新子はゆっくりと振り返る。


「……元々、単にお金を稼ぐための集まりだったよ」

「そうだな。そうだ。……それと、柊が親切な顔をして薄情なのとどう関係している? 別に「悪人だ」なんて責めたててはいないだろ。そっちのガキに「そいつは急にいなくなることがあるから依存しないように気をつけろ」と助言してるだけだ」


 木田はとんとんと歩き、新子の前に立つ。


「それとも、俺との間にまだ縁や義理があるか? 俺の勘違いなら、そっちの方がありがたいし、しっかりと頭を下げよう」

「……それは」


 新子の肩に触れようとした木田の腕を掴む。


「なんだよ」

「俺を利用して、こんな小さな女の子を脅すな。お前との縁を大切にしなかろうが、俺と新子の間には全くの無関係だ」

「同じことを繰り返すってだけだ。違うか?」

「お前のやってること、フラれた女に執着してるみたいですげえダサいぞ。……新子は優しいんだ、人との戦いに巻き込むのはやめろ」

「それは本人が決めることだろ」


 木田はニヤニヤと笑う。新子の方を見ると木田の言葉を気にしているのか、迷いが生じているように見える。


 新子は俺から不信感を抱かれることを恐れている。それは……人から嫌われたくないという新子の性格によるものだろう。


 もちろん、俺は新子が前の仲間とあっさりと別れた程度のことで不信感など抱くはずないが……それを言ったところで新子は信じきれないだろう。


 新子は「数日……」と小さく口にする。数日で終わればすぐにこちらへと戻れるという算段が頭の中についたのだろう。

 少し手伝って戻るという選択肢を取ろうとした新子の肩を制して木田を見る。


「……分かった。なら代わりに俺が行く。新子を人と争わせたくない」


 木田と新子は心底驚いたような表情を浮かべ、「へ?」と口にした。

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