悩み×嫉妬

 何かを口にしようとするが、言葉が浮かばない。

 直近の悩んだことと言えば……ドラゴンにリベンジをしたいと思ったことだが、それはあまりにも女々しい理由からのために……話しにくい。


 見栄を張っている。格好つけている。それをバレないように隠しているのが……情けなさに拍車をかけている。


「……星野、結構スキルを使ってるのに平気そうだな」

「あ、そうだね。変換系スキルと同じような感じで別の力を利用しているからだろうね」


 持久力もあって本当に良いスキルだな、と思っていると、新子は黒い髪を風に揺らしながら優しげな笑みを俺へと向ける。


「……話しにくい?」

「……まぁ、少し。怒られたり、嫌われたりすると……今後に支障が出るしな」

「嫌いにはならないよ。……ね、ヨクくん」


 まっすぐに新子の方を見ていられずに目を逸らして星野の方に向けていると、新子はほんの少しいたずらな表情で俺の頬をつつく。


「なんですか?」

「ヨクくんって、私のこと好きでしょ」


 新子の言葉に思わず表情が固まり、動揺のせいで肯定も否定も出来ず、無言の時間が経っていくせいで余計に答えにくくなっていく。


「もちろん、友人とかそういう意味としてだよ?」

「あ、ああ、それなら、もちろん」


 世話になっているとか助けられているとか、それも当然にあるがそれ以上に、普通に人としての好意がある。

 一緒にいると安心感があり、居心地が良く……人生で初めてかもしれないぐらい心が安らいでいる。


「だから、あんまり嫌われるようなことは言いたくない?」

「……まぁ、そうだな。あんまり上等な人間じゃないから、本音をペチャクチャ話せば……良くは思われないだろう。今後に支障が出たら本末転倒……」


 そう言いながらも単に嫌われたくないのを誤魔化しているだけだと自分でも理解する。みっともない言い訳をしていることに気がついて、ゆっくりと頭を垂れて息を吐く。


「ツツに土下座して頼もうかなぁ」

「そこまで嫌なんだ……」

「ツツに嫌われるのと新子に嫌われるのだったら、ツツに嫌われる方がマシかと」

「ええ……嫌わないよ。というか、それはなんかツツちゃんが可哀想」


 年頃の女の子に頼むのはそもそも可哀想だろ……。

 少し間を置いて、新子は俺に笑いかける。どこかその仕草に安心感を覚えて、ゆっくりと目を逸らしながら話しはじめる。


「……今一番の悩みは、新子に嫌われるのが嫌ってことだな。……元々愛想が良くないのはなんとなく察していると思うけど、前はそれでよかった。好かれたい人もいなかったし、気楽に過ごせていた」

「うん。よくわかるよ」

「ついでみたいな感じで、星野とかツツとか、あとミナやウドにも嫌われるのが若干嫌で……多分、人はこれを「所属意識」と呼ぶんだと思う」


 新子は俺の言葉を聞いてくすりと笑う。


「人は……って、まるで人間じゃないみたいな言い方だ」

「そういうつもりじゃないですけど……。今まで、所属意識を持ったことがなかったので、家も、学校も、他の繋がりも、どこか冷めた目をしてぼんやりと見ていた」

「……うん」

「いつのまにかその中に俺がいて、気がついた頃には浸っていた。嫌われるのが嫌だ、見捨てられるのが怖い、よく思われたい。……いつのまにか、がんじからめだ。スキルにだけじゃなく人間関係にまで縛られて」


 俺がそう吐露すると、新子は肯定も否定もせずに黙ってコクリと頷く。


「……どうしたいとか、何をしたらいいとか、全然分からないんだ。何をどうしたら初が喜んでくれるのか、新子は、星野は、そんなことを考えても……分からない」

「うん。そっか……ヨクくんは……」


 新子は頭の中で何かをまとめるようにゆっくりと言葉を選んでいく。


「確か迷宮へのお願いが「何もいらない」だったよね。それで、何もいらない理由は……」

「元々、自分で言うのもアレだが人よりも優秀だから、大抵のことなら気軽に出来るし……だから、迷宮によって結果だけをもらっても意味がない。だから「何もいらない」んだ」

「うん。それは言い換えると「過程がほしい」ってことでいい?」


 まぁそうとも言えるだろうか。

 俺が軽く頷くと新子の手が俺の手を握った。


「過程……というか「家庭がほしい」というところかな」

「……俺は「子供」も上手くやれなかった。初の兄とか、夫とか、新子の家族とか、そういうのも上手くやれるかどうか。……おかしいか、俺は」

「そもそも人間とすら呼べない私にはどうこう言えないけど、私は好きだよ。ヨクくんのこと」


 にこりと笑いかける新子に少しの間見惚れてしまっていると、不意に新子が持っていた少し古いスマホを取り出して画面を見る。


「あ、電話だ。ごめんね、ちょっと出てくるね」


 一瞬スマホの画面が見えて、表示されている名前が目に入る。

 宇井 一……おそらく男だろうか。ほんの少し小走りで俺から離れていく新子の背を見てから軽く俯く。


 散った桜の花弁が、古くなったアスファルトの色を吸って黒ずみを見せる。


「……みっともない」


 地面にへばりつく桜の花弁にそう言い放つ。

 数分待っていると新子が戻ってきて、俺の隣にやってくる。


「おまたせー」

「……迷宮探索の仲間ですか?」

「うん。まぁ、あっちが現役の間に戻ることはないだろうから、元仲間ってことになるのかな」

「……新子は、それでいいのか?」

「んー、ビジネスライクな関係だしね。あ、さっきの電話は探索で困ってるから戻って来れないかって内容だったけど、断っておいたよ」


 だから安心してね、とばかりに新子は微笑む。見透かされているような感覚に目を逸らしていると、新子は少し申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「でも、こっちを見にくるみたいなことを言ってたから……ちょっと迷惑かけちゃうかも」

「……来るのか」

「あ、うん。でも、パーティとしてではなく個人的に気になるから来るみたいな言い方だったから、一人だけだからちょっと話をして終わりかな」


 新子の仲間が、わざわざ一人でくるのか。


「……俺も会っていいですか?」

「ん、いいけど、どうしたの?」


 新子の問いに適当な理由を並べて答える。

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