ごっこ遊び×緊張
初にお粥を口へと運ばれるたびに、その粥を噛むたびに、プライドが砕ける感触がする。
普通に自分で食えるのに……こんな介護だか保育だか分からないことをされずとも……。こんなのバカップルを通り越して赤ちゃんプレイの一環だろう。
「えへへ、おいしいですか?」
「……プライドの味がする」
俺がそう答えると、初は不思議そうにこてりと首を傾げる。
「えっと、それは……」
「ああ、なんというか……こんな風に食わせてもらったことなんかないからな。照れ臭さとか、恥ずかしさが優ってる」
初は嬉しそうにニコリと笑う。
「じゃあ、私が兄さんの初めての人ってことですね」
いや、それはなんか違うんじゃないだろうか。
もう冷めているだろう粥をふーふーと冷まそうとする初を見て、口の中だけで小さく笑う。
もう冷めている粥、自分で食べることが出来る手、そもそも別に粥でなければ食えないほど弱っているわけでもなく普通に食べることは出来ること……「ごっこ遊びだな」と分かって仕方なくそれに付き合って口を開く。
このぬるさが、あまり意味のない行為がどこか心地よい。
ずっと浸っていたい現実離れしたごっこ遊びの中、けれどもどこか本気になりきれない自分が初の目を見て「現実逃避しているな」と冷めた感情を抱く。
……いや、わざとそうしているのかもしれない。
空元気……というよりかは、新子とツツが寝ていて俺と二人のときは普通に暗いので、あのふたりに気を遣って平気なフリをしているだけかもしれない。
「……初はもう食べたか?」
「いえ、まだですけど……どうかしましたか?」
「今度は俺があーんってしようかと」
なら、俺も初に合わせて楽しんでいるフリをしよう。にやりと笑って初に言うと、初は慌てた様子で「あ、あぅ……」と顔をかすかに赤らめて首を横に振る。
「わ、私は風邪を引いていないので」
「じゃあ、初が風邪を引いたらだな」
少し意地悪なことを言うと、初は小さく俯くようにコクリと頷く。
「は、はい。……お願いします」
「……初は甘えん坊だな」
「に、兄さんには言われたくないですっ」
初はもじもじとしながら、俺に上目遣いで瞳を向ける。
「そ、その、兄さんはお兄ちゃんで恋人なんですから、二倍甘やかすべきだと思うのです」
「その理屈はどうなんだろうか」
「私も妹で恋人なのでたくさん甘やかしますから」
「兄って妹に甘やかされるもんだっけなぁ。……初、新子とツツとは仲良く出来そうか?」
粥を食べ終えたあとの皿を片付けようとしていた初に尋ねると、初は扉の方に視線を向けてから小さく頷く。
「……新子さんとは仲良しですけど、ツツちゃんさんは……まだ、分からないです。なんだか……不思議な雰囲気の人で」
「不思議な雰囲気?」
「あ、えっと、私はそもそもあの場所の……極少ない人としか関わってこなかったので変な感想の可能性は高いのでアレですけど……。その、目が……どこか遠くを見ているというか、話していても頭は別のことを考えていそうというか……」
初は迷った様子を見せてから続けて話す。
「……怖いときの、火事で怒っていたときとかの兄さんに少し似ています」
「余裕がないときの俺か」
「そうなのかもしれません。嫌いではないです。ほんの少し憧れを感じたりもあります」
おそらく初が感じているのは「人格」を乗っ取るような「才能」が前面に出ているということだろう。
多くの場合、判断はそれぞれの人が持つ人格が主導して行っているのに対して、俺の場合は余裕がなくなると「才能」により導き出した合理性で押し通そうとする悪癖がある。
ツツも俺と同じように人格という個性を超えた合理性により動かされることがあるのだろう。
「あんまり関わりがないと思うけど星野は?」
「えっと、あんまり関わりがないので分からないです」
「だよな。色々と聞いて悪いな」
初は首を横に振ったあと、同じことを尋ね返す。
「兄さんはどうですか?」
「ああ、まぁ……まず星野とだが、友達って距離感とは少し違うけど上手くやれてると思う。俺も星野もわりと友人関係みたいなのはドライな方っぽいし、いい距離感だと思う」
あまり馴れ合うような関係でもないが、揉めずに意見を出し合えるのは目的を達成するのには良い仲と言えるだろう。
「ツツは……俺も距離感を測りかねているな」
「兄さんも……ですか」
「ああ、なんか年頃の女の子って難しい」
「急にポップになりましたね、感想が」
「新子は……めちゃくちゃ親切にしてもらってるな。申し訳ないぐらいに」
俺がそう言うと、初はコクリと頷く。
「……でも、多分、甘えた方が喜ぶと思います。新子さん、どこか寂しそうなので」
「ああ、そうかもな」
新子の生い立ちについては、わざわざ初に教える必要はないだろう。本人から聞くべきことだろう。
それから少し二人で話をしていると、初が心配そうな表情で俺の顔を見つめる。
「……兄さん、また少し体調が悪くなってそうです。お話し、しすぎちゃいましたね」
「あー、寝るかな」
「じゃあ、新子さん呼んできますね」
……えっ、あの約束生きていたのか。新子、自分から言い出したことだから断りきれなかったのだろうか。
初を止めようとしたが、俺の静止よりも先に言ってしまう。
そういえば、いつのまにか寝室からベッドが二つなくなっていることに気がつく。
あんな小柄な女の子三人で音も立たずによく運べたな。
ああ、いや、人工迷宮の手で持ったものは人工迷宮内に一緒に持っていける性質を利用したのか。
みんなが寝始めるときには一人で別室のソファでも使おうかと考えていたので、ベッドが使えるのはありがたいな。……問題は新子か。……いや、初が特に気にせずに許可を出したのだし、あまり気にしなくていいか。
……なんか初に「人と一緒じゃないと眠れない甘えん坊」みたいな誤解を受けていそうだが、まぁ……誤解は明日にでも解けばいい。
新子も遥かに歳下の俺と添い寝するのは、子供と寝るようなものだからあまり気にしたり変な雰囲気になったりしないだろう。
そう思っていると、寝室の扉が開き子供っぽいふわふわとしたパジャマ姿の新子が入ってくる。
「あ、新子……」
そう声をかけようとすると、新子は顔を赤く染めて視線を左右に揺らして慌てた様子を見せて、右手と右足、左手と左足をそれぞれ同時に出すという出来の悪いカラクリ人形のようなカクカクした足取りで歩いてきた。
「な、なな、なにかなっ」
……新子さん、めちゃくちゃ緊張していらっしゃる。
「あー、新子? その、どうした?」
「べ、べべ、別になんでもないよ? 私、おばあちゃん、全然恥ずかしくない」
「話し方までカクカクし始めた……」
新子はポスリと座ったあと、パシパシと自分の顔を叩いてから俺を見る。
「……流石に、男の子と一緒に寝るのは、緊張しちゃって」
「それはいいんですけど……案外、反応が若いというか、なんというか」
「い、いや、ちがうよヨクくん。あのね、歳を取ったら大人っぽい振る舞いが自動的に出来るようになるわけじゃないんだ。大人はみんなね、大人っぽい振る舞いが求められるから演技でそうしてるの」
「いや……そうなんですか?」
「そうだよ。あとは単純に慣れだったり、もしくは体力がなくて元気がないのか落ち着いて見えるってだけで」
新子は早口で言いながら抗議するような視線を俺へと向ける。
「見た目が見た目だから子供としか扱われないし、不死身で元気いっぱいだから……大人っぽい振る舞いがそんなに得意じゃないの。でも、心はちゃんとおばあちゃんだよ」
「……別に、普通にひとりで寝れるんで無理しなくていいですよ?」
「だ、大丈夫。……ん、そりゃ男の子と一緒のベッドなんて恥ずかしく思いはするけど、ヨクくんはお昼も少し落ち込んでたから、風邪も引いて不安になりやすいときには一緒にいてあげたいよ」
ニコリとした他意のない好意を向けられて少し照れていると、新子はそれから少し恥ずかしそうに照れ臭そうな表情を浮かべる。
「あ、で、でも、ヨクくんは私みたいな見た目が子供でもそういう目で見れるみたいだけど、変なところを触ったりしないでね」
「しませんよ……」
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