ドラゴン×回避回避回避

 ドラゴンは俺が躱したことを不快げな眼で見て、再び腕を振り上げて鋭利な爪で俺を引き裂こうとする。

 先ほどよりも強く踏み込んだのか、単に地面を跳ねるだけでは回避など出来ないだろう攻撃。俺はその振り下ろされている最中の爪の側面に指を当てて強く押す。


 それはドラゴンの腕動かすとによって塞ごうとしたのではなく、むしろ逆……ドラゴンの爪を押すことにより、その鋭利な爪を支えにして俺の身体を動かすことにより回避。


「ッ……死ぬ、こんなの相手にしてたら死ぬ」


 無理だ。どう考えても無理。俺よりも堅く、大きく、重く、速く、鋭く……何よりも強い。

 そう考えながら避け、躱し、後ろに下がって回避する。


 あれ、もしかしていけるか? いけるのか? 俺は。そう思った瞬間ドラゴンの口を閉じさせていた鎖が破られる。

 これは、不味いッ! 着地すら考えずにドラゴンの方へと飛び込むような形で、地面を蹴り転がって何よりも速くその場を離れる。


 瞬間、ドラゴンの口から赤い火炎が吐き出されて俺がいた場所を炎が飲み込むように覆いかぶさっていく。


「っ! あっちぃ……!」


 直接当たるどころかかなり距離があるはずなのに肌が焼けるように熱い。直接触れれば絶命しかねない威力の火炎を見て目を細めていると、ドラゴンはまるで俺を倒し終えたかのようにスッと警戒の気配を緩める。


 まだ目の前に俺がいるというのに……どうなっている。そう考えて見上げるとドラゴンの赤い瞳が膜のようなものに覆われていることに気がつく。


 瞼の中に瞼があるような器官、これはおそらく瞬膜……? 爬虫類や鳥類にある粉塵や高速の移動時に使うことで目を保護する器官に似ているように見える。

 おそらくは自身の吐いた炎から目を守るための機能なのだろう。


 考えてみれば、炎に当たればドラゴンもダメージを負うのだからそれを防ぐ機能はあって当然であり、そんな膜で目を覆えば見にくくなるのも同様だ。


 これに乗じて隠れて離れようとしたその瞬間、今まで襲ってくることがなかった鳥の魔物がこちらへと突っ込んでくるのが見える。


 なんで今になって、と思うが対応しないわけにもいかず、鷹が急降下するかのような動きで降り襲ってきた鳥の魔物の攻撃を避け、それと同時に地面にぶつかる寸前に減速した瞬間を見計らって蹴り上げる。


 鳥の魔物は俺の鎖に縛られながらドラゴンの炎へと落ちていき断末魔の叫びを上げる。そしてそのせいで……ドラゴンの目がこちらを向く。


「ッ……そりゃ、見つかるよな!」


 最悪のタイミングで襲ってきやがったなクソ鳥が、おかげで見つかった。

 逃げようとするが、炎で退路を塞がれている中で俺よりも大きく速いドラゴンから逃げられるはずもない。巨大な前脚で踏み潰そうとしてきたのを寸前のところで回避し、反撃の蹴りを当てて脚を鎖で地面に縛り付けようとするもほとんど効果がなく引きちぎられる。


 流石に縛れないか。完全な手詰まり……いや、そう言えば、星野と新子に炎を吐こうとした時に出した鎖はなかなか砕かれなかったな。


 何か違いがあるのだろうか、とドラゴンの攻撃を捌きながら考える。俺のスキルは【攻撃を拘束に変換】であるゆえに攻撃の威力によって拘束力が変わる。

 だから縛れた……というのは何か違う気がする。確かに炎を防いだときの方が力が篭っていたが、所詮は人の力だ。ドラゴンの顎を縛れるほどでは……。


 いやそうか、その逆だ。ドラゴンの力が俺が思っていたよりも弱かったのだ。


 顎の力が強い生き物というとワニというイメージはあるが、それは顎を閉じる力であり開く力はおおよそ30kgを超える程度で、人間の握力程度のものですら抑え込めるぐらいだ。


 どんな生き物でも開く力よりも閉じる力の方が強い。それは筋肉の量以上に、骨格や腱の付き方に依存している。ゴリラは人よりも遥かに大きく力が強いが、けれども投げる力は人間よりも遥かに劣る。


 要は……どれだけ強大な生き物であろうと、力が入りにくい場所、方向は存在している。それさえ見抜けばドラゴンであろうと縛ることは可能だ。


 観察しながら猛攻を躱していく。連続して爆弾が投下されているような状況だが、なんとか保っている。

 心地よさすら感じる集中状態。感覚が少しずつ研ぎ澄まされていき、五感の全てがドラゴンを暴いていく。


 大きく吸った呼吸。その舌先に感じるのは脂のベタつきだ。

 あの火炎はまだ残っている。おそらくはドラゴンの火炎は脂に火をつけて吹き出すことによって発生しているのだろう。


 おそらく、火炎はあまり連続しては撃てない。爪での攻撃では倒さないと痺れを切らせたドラゴンが俺に向かって噛み付いてこようとして、俺はそれをギリギリで躱して顎に肘をぶつけてその口を閉じさせる。


 だが、この程度の拘束では数秒しか保たない。近くの石を拾い上げて、鳥の魔物を落とすために使った投石布によって顎を攻撃して鎖の量を増やす。これで炎は封じた。


 次は…….前脚の付け根か、目の辺りだな。


 躱しながら投石などによって鎖の数を増やして少しずつ動きを阻害していく。それが鬱陶しいのかドラゴンの暴れる力は増していく一方だが、鎖は力が加わらない場所を縛っているため破壊されることはない。


 なおかつ、動かせない、動かしにくい箇所が増えているために暴れてはいても先程以上に動きは読みやすく回避は容易だ。


 ドラゴンは目に見えて疲労も増えていき、その疲労によって出来た隙にまた攻撃を増やして縛っていく。


 俺も息が荒くなり、疲労が溜まってきたが……これなら完全に拘束しきるか、あるいは逃げ出すことも可能だろう。


 勝てる。そう確信したその時だった。視界の端に小さな人影が映る。


「……は? こんなところに、子供?」


 ありえない。間違いなくありえない。ミナを見つけた場所はまだ迷い込んでおかしくないところだったが、こんなところは迷い込んで入れるような場所ではない。


 間違いなく、魔物か何かだ。……だが、もしも本当に子供だったら……と、そう考えてしまったことが命取りだった。


 一瞬の思考の乱れ、極まっていた集中力が途切れ、視線をドラゴンから外した。

 そんな隙を見せてしまえば「俺よりも強い生き物」に勝てるはずがない。


 子供の姿に惚けた一瞬、ドラゴンが全身を大きく反転するように身を捩り、巨大な尻尾を大きく横に払う。ハッとそれを見るも、既に回避は不可能なタイミングだった。せめてもダメージを減らそうと挙げた両腕の防御はほとんど意味をなさず、一瞬でバキリと両腕の骨が折れ、そのまま俺の身体がバッドでボールを打ったかのように吹き飛ぶ。


 あまりの衝撃に意識が曖昧になりながら校舎へと吹き飛んで、俺の体は窓ガラスをぶち破って校舎内の壁にぶつかってゴロゴロと転がった。

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