初という子×ドラゴン

「とは言っても、策もなしに突っ込むのはどうかと思うぞ。いくらすぐに飛び込めるようにと言ってもな」

「つっても、なぁ……特にヒントとかないしな」

「……いや、全くないわけでもないぞ。分かるところはある」


 俺がそう言うと、星野と新子は驚いたような表情を浮かべて俺を見る。


「何かあるの?」

「ああ、アイツは吠えていただろ。爬虫類の呼吸器官とは違って哺乳類の横隔膜に近い作りをしてるんだろう」

「お、横隔膜?」


 新子は言葉の意味が分からないのか不思議そうに首を傾げる。


「新子……」

「いや、わ、分かるよ? 横隔膜だよね、横隔膜。私を幾つだと思ってるの? あ、あれは……そ、そう! 美味しいよね!」

「まぁ肉の部位だとハラミなので美味いのは間違いないですけど……。まぁ、パッと見は爬虫類ですけど実際は哺乳類に近い生態っぽいですね」

「哺乳類……?」

「そもそも魔物なので生き物と言えるのか分かりませんが。……何にせよ、生物というものは、色々な器官が繋がって出来ているものだ。一つが哺乳類的な器官をしているなら、他のところもそうだろうと言えるだろう」

「ふむ……哺乳類の弱点……?」

「……ああ、基本的にはあまりない。強いてあげるならエネルギーの消費量が多いことだけど、流石にな」


 籠城は無理だ。というか、普通に生きているということはどこかかしらから餌や食料が降って来るのかもしれないし、そもそも生き物としての特徴から推理するのは無駄かもしれない。


「……つまり、手の打ちようがない?」

「まぁ、そりゃ頭を捻っただけで生き物が殺せたら世話はないよな。……行くか。……星野、お前のスキルを発動しながら窓を蹴ったらどうなる?」

「窓? ……ちょっと試してみるな」


 星野は近くの窓に腰の入った蹴りをかますが、窓は割れることなくその場に残る。

 そのあと星野が少し離れてトンッと足を動かすと蹴っていた窓が手で触れていないのに割れる。


「衝撃を溜めるって感じだし、蹴った時に割れずに解放した時に割れるな」

「……使えるな。あのドラゴンが吠えたのは俺達が入ってきた時だけだ。おそらく窓を蹴り割った時の音に反抗してのことだろう」

「ああ、囮に使うってことか」

「確実性は低くなるが、新子がワガママを言うからな」

「……ヨクくん、ちょいちょいと私のことを子供扱いするよね」

「してないです。…….よし、行くか」


 立ち上がって教室から出る。星野は近くの窓を蹴っていき、ながら下に降りる。

 うまくいくだろうか。うまくいかなければ、下手をすれば……と考えたところで新子が俺の手を握った。


「……ヨクくん、初ちゃんのこと……多分勘違いしてるよ」

「何がだ? 急に」

「あの子はさ、普通の子だよ。ちょっと変なだけの普通の子だ。だから……命をかけて尽くすなんてことはさ……」

「こうやって迷宮の探索をするのは新子さんにとって得なんだから問題はないんじゃないですか?」

「私の利益の話じゃなくてね。ヨクくんがさ、あんまりにも尽くしてるから、少しね」


 ……俺にとって初は大切な子だ。

 新子の言っていることの意味が分からずにいると、新子は握っている俺の手を撫でて少し悲しそうな表情をする。


「……もう少し、ヨクくんはヨクくんを大切にしなよ」

「どういう意味か分からないんだが……もう玄関に着くから、後でいいか?」


 新子は寂しげにコクリと頷く。


「星野、いいか?」

「出た後に窓を割るか? それとも出る前か?」

「二回に分けることは出来るか?」

「ん、あ、あー、自信ないな」


 手に入れたばかりのスキルだから仕方ないか。練習をしようにも魔力が足りないだろうしな。


「出る前だ。ドラゴンが反応したら、走るぞ。


 星野と新子を見て数字を数える。


「五、四、三、二、一……! 星野!」

「ああ!」


 少し離れたところで多くのガラスが一気に割れる音が響き、ドラゴンがそちらに気を引かれたのを見て飛び出す。

 目指す場所はかなり近い。20mほど先の窓で、時間にして五秒もなく辿り着けるだろう。


 真っ先に駆け抜けていた身体に少しブレーキをかけて先頭を星野に譲って先に窓へと飛び込ませようとした、その瞬間のことだった。


「グラァァァオオオオオオ!!!!」


 ドラゴンが俺たちの存在に気がつく。

 けれどももう目的の窓の目の前であとは飛び込めば終わり──そのはずだった。


 大地を揺らす轟音の咆哮。その圧倒的な音量に……否「生物としての格」の違いに足が急激にすくみ上がる。

 理性ではあと数歩進めばいいだけのはずなのに、頭の中が強い畏怖によって支配されて全身が硬直して動かない。


 それは俺だけではなく、星野と新子も同様だった。

 ドラゴンの咆哮を聞いた放心したように立ち尽くし、呆然とドラゴンを見ていた。

 咆哮を聞いただけ……そのはずなのに、何かおかしなものが俺たちを支配して動きを阻害している。


 一歩、二歩とドラゴンがその足を進め、赤い眼を俺に向ける。


「──ッ!! っっっ!! 星野ォオオッ!! 今すぐ目を覚まして新子を窓にぶん投げろ!!」


 精神を蝕むような咆哮、全身を震え上げさせるそれを無理矢理に打ち破って叫び声をあげる。

 星野は俺の呼びかけをきいて身体をビクッと震えさせ、それから近くの新子の首根っこを引っ掴んで窓の方へと乱雑にぶん投げた。


 そして星野自身も中に入ろうとするが.それよりも前にドラゴンが俺を見据えて大きく息を吸い込む。

「また咆哮か」そう一瞬だけ考えたが、ドラゴンの口元から覗く赤い炎がそれを否定する。


「ッ! 火を吐くぞ!」


 俺は一瞬それを避けようとしたが、星野はまだ窓をくぐれていない。

 避ければ炎は星野に当たる。大きく息を吐き出して地面を蹴る。避けるために横に跳ぶのではなく、俺は前へと進みドラゴンの眼前に飛び込む。


 そして大きく腰を下ろして、全力でドラゴンの顎を蹴り上げる。


 炎を蓄えようとしていた口の周りに鎖が絡みついた。

 火を吹こうとしたドラゴンは顎が開かないことで驚いた様子を見せる。星野も逃げ出したので俺も続いて……と考えたが、そこまでドラゴンは甘い存在ではなかった。


 ドラゴンの強靭な前足が上げられて、俺の方へと振り下ろされる。それを紙一重で受け流して、息を吐き出す。


 奇しくも……最初の俺が一人で囮になるという作戦通りになったな。

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