ミス×囮

 また五年分遡ると少し埃が残っているだけで廃校という雰囲気は一気になくなった。人がいなくなってから五年程度。迷宮化した際の混乱であちこち壊れている姿がまだ生々しく残っていた。


「……少し痛々しいね」

「まぁ、あまり歩いていて楽しい場所ではないな。……さっさと進むか」


 そう言えば、あの武道場のロッカーにあった遺体は何故あんなところに残っていたのだろうか。……あのスクワット侍が倒せなくて引きこもっていたとかだろうか。


 他にも屋上に登っていた生徒も多くいたようだが、あれはヘリコプターに助けられるのを待っていたのだろう。


 いや……屋上に逃げた理由は分かるが、武道場のロッカーは少しおかしい。校舎からは玄関からしか出ることが出来ないという仕組みのダンジョンだが、武道場からは特にそういう制限はなかった筈だ。

 ロッカーのある更衣室には窓もあったのだからそこから脱出すればいいだけで……それをしなかった理由があったのか?


 疑問を覚えながらも先程までと同じように校舎を外から登り、四階の角の窓から侵入しようとして、一瞬だけ嫌な気配を覚える。


「どうしたの? ヨクくん」

「いかないのか? 腕が疲れるから早く登ってほしいんだけど」

「……ああ」


 考えすぎだろう。少し神経を張り詰め過ぎたのかもしれない。そう思いながら窓をくぐって中に入る。


 20年前……ほぼ、迷宮が発生したのと同じ時期。先程よりもはるかに生々しく壊れた跡が残っていた。廃墟というよりかは普段の学校が壊されているという印象を受ける。


 視界の裏に、以前通っていた高校の光景が重なって眉を顰めてしまう。周りに魔物の姿はなく、荒れたばかりの校舎があるだけだ。


 杞憂だったか、星野と新子が入ってきて「さっさとこんな悪趣味な迷宮を抜けよう」と俺が口にしたその時だった。何かが爆ぜたかのような轟音が俺の体を大きく振動させる。


「っ!?」


 三者とも轟音に身構えるが何かが近くにいるわけではない。一体何の音だったんだと警戒していると窓の外から「グルルル」という唸り声が聞こえ、窓から地面を見下ろして絶句する。


 象よりも遥かに大きい巨躯、全身を覆う赤黒い鱗、刃を思わせる爪と牙……紅い瞳が俺達の姿を捉えていた。


「っ……ドラゴンっ!? 何で、こんなところにっ!」


 新子が慌てた様子で身を隠し、俺も窓際に寄ってドラゴンに見つからないような位置に移動する。


 強いのか? と、新子に尋ねるまでもなく分かる。

 明らかに今までの魔物に比べて巨大な体躯、見るからに堅い鱗、岩さえも引き裂けそうな爪と牙、何よりも遠くにいても強く感じる威圧感……間違いなく、今まで目にした生き物のどれよりも強い。


「……悪い」


 思わず俺が謝ると、新子と星野は不思議がった視線を俺に向ける。


「……ヒントはあった。親父が入る窓を変えて時間をずらしていたのは、おそらくこの魔物との遭遇を避けるためだろう。それに武道場から逃げなかった理由も……グラウンドにアレが居座っていたからだ。悪い、ちゃんと考えていたら避けられていたはずだ」


 これは俺のミスだ。グッと歯噛みして、それから息を吐く。


「いや……普通は分からないだろ。俺も新子も一緒にいて不思議にすら思ってなかったしな」

「……悪いな。少し考える」


 おそらくあのドラゴンがいたから20年前の迷宮災害で外に出られずに死んだ生徒が多かったことから考えるに、丁度迷宮災害の日にはドラゴンがいるはずだ。


 ……正確には時間が移動している風というだけなので、確実なことは何一つ言えないが……「迷宮は探索者に迷宮を攻略させるつもりがある」という前提がある。


 スクワット侍はあれだけ強いのに徘徊したり追ってきたりはせずに武道場の中で座り続けている。あれがもし普通に歩き回ったり、あるいは避けられない場所にいるだけで迷宮の攻略は非常に困難となるだろう。


 それこそ新子が不死身なのを利用してのゴリ押しか、俺が力押しで倒すか……どちらにせよ普通の探索者では攻略不可能になる。


 迷宮は理不尽ではない。それが大前提だと考えると、ドラゴンを避けることは本来出来ていたはずだ。


 おそらく迷宮災害の日から数年間、四年程度の間ドラゴンがいた……という感じだろうか。


「おそらく、ここから半年遡るだけでドラゴンはいなくなる……と思う」

「現代に戻る方は?」

「多分四年ほど遡らない限りはいると思う」

「理由は何かあるのか?」

「……情報が少ないから正確なことは何も言えないが……ギミックとしてそうしていると思う」

「了解。お前がそう思うならそうなんだろう。……てか、今更だけどあのドラゴン、中に攻撃してきたりしねえのかな」

「多分しない。校舎が壊れていないからな。それに校舎がぶっ壊れて攻略不可能になるのは本意ではないだろうからな」

「……なるほど」


 俺はゆっくりと息を吐いてから新子と星野を見る。


「そこで提案なんだが……。俺が渡り廊下を渡って南棟の玄関で竜を引きつけるから、二人はこのまま北棟の玄関から出てくれ」

「……いや、それは却下するぞ」

「それが一番安全だ。星野も新子も俺より足が遅いし、一番咄嗟の判断出来るのも俺だろ。俺一人なら、一人残ってもなんとかなる」


 星野はムッと表情を歪め、新子は俺を見て首を横に振る。


「それなら不死身の私がするよ。こういうのは向いてるしさ。……あー、あのドラゴン、火とか吹きそうに見えるから服を預かってもらってていい? 燃えちゃったら困るから」

「いや、新子さんに無理はさせたくないというか……あの巨体だと丸呑みされる可能性があるので不死身でも身動きが取れなくなる可能性ありますよ」

「頑張って中で暴れるよ」

「……腹の中で暴れても、新子さんを溶かして吸収したら回復能力上がるでしょう。再生しているやつを腹から突き破るのは難しいのでは」


 俺がそういうと、新子は俺の上着を脱いでスカートのファスナーを開けてスカートを降ろそうとして慌てて止める。


「いや、いやいや、ストップ、新子ストップ」

「……若い子を囮にして逃げるなんて無理だよ」

「いや、俺一人なら本当にどうにでもなるんですよ。なのでスカートを脱ごうとするのやめてください、いや本当、本当に待ってください。今まだ四階ですし」


 せめて一階に降りてからにしてくれ。いや、囮にはさせないので一階でも脱ぐ意味は全くないが、少なくとも今はやめてくれ。

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