ある日のこと、もう一人の私

 星野が突き刺した鎧武者は動きを止めて、光の粒子のようになり空気に溶けていくように消えていく。


「……消えた?」

「そうみたいだね。迷宮の魔物は一部を除いて死んで少ししたら消えるから。特別なことではないよ」


 柳下の部下が召喚した魔物はもう少し時間がかかっていた気がするが、個体差があるのか地上だからかそれとも死に切るまでに時間がかかっただけだろうか。


 まぁなんでもいいかと思っていると、星野は手に刀を持って機嫌よさそうにその刀身を見る。


「やっぱり良い刀だな。癖がなくて持ちやすい、材質はよく分からないが、薄い割にかなり丈夫そうだ」

「鎧ごと消えたのに、刀は残るんだな。手に持っていたからか?」

「ドロップアイテムってことだと思うよ。地面の鞘も残ってるし」


 ああ、なるほど。まぁ何にせよ武器が手に入ってよかったな。方法はアレだが。

 星野はベルトを軽く緩めて、ズボンとベルトの間に鞘を差す。あまり抜きやすそうには見えないが手で持っていれば疲れるから仕方ないか。


「ふむ……そうだな、刀と単純に呼ぶのは色気がない。名前を付けるか」

「星野そういうの好きだな。刀に名前か……刀の名前って切った物とかが由来になってること多いよな。……妖刀【スクワット侍切り丸】とかどうだ?」

「スクワットって名前が付いた刀いやだろ。……武人切、そう呼ぶとしよう」


 分かりやすくていいと思うんだけどなぁをスクワット侍切り丸。

 武道場の中に入ると脇の方に扉が見える。


「更衣室と倉庫かな?」

「あんまり見る必要はない気がするが一応確認するか」


 軽く中を覗き込んでみるが、朽ちたロッカーが並んでいるだけだ。何の気なしにそのロッカーを開くと古ぼけてボロボロになった女子生徒の制服が残っていた。


 他にも鞄らしきものが置いてあり、全体的にボロボロになってはいるが女学生の持ち物であることが分かる。


「……これ、迷宮が作り出したものなのか? 前のところの地形みたいに」

「さあ、どうかな。ここの迷宮は特に空間が広かったりしてないから……多分、そのまま誰か持ち主がいたのかもね」

「ん? 広がってはいるだろ、空間。3次元的には広がってなくても、時間軸が違う空間に移動出来るんだから四次元的に広がっているんだろ」

「あー、確かにそういう考え方は出来るかも。だとしたら迷宮の力は関係なさそうだね。現代だと」


 じゃあこれは元々誰かの持ち物だったのだろう。

 こんなところに置きっぱなしにするほど……急なことだったのか、迷宮による災害というものは。


 部活動か何かがあった時間。放課後から帰宅までのほんの少し日が傾いてけれども赤くはないその時……。


 ひとつだけ、妙に錆が進行していて変なものが付着しているロッカーを見つけて開け放つ。

 もう二十年も古い死体……既に悪臭すらもなく、悪趣味な置物のように見える骨が中に転がっていた。


 ほんの少し日が傾いてけれども赤くはないその時……きっと多くの人の視界が唐突に赤く染まったのだろう。親しい人がいなくなり、住むところがなくなった。


「……意外だね。ヨクくんはあんまりそういう昔の悲劇とかは気にしないのかと思ってた」

「少し思うところがあってな」


 初の境遇を、嘆く姿を見れば、どうにも他人事とは思えなかった。

 新子はゆっくりとしゃがみ込んで古くなった骨を見る。


「……埋葬してあげる? 多分、他の遺体は残ってなくてこの子ぐらいだろうし」

「いや、後日にしましょう。今は時間がないですし、雑に適当な場所に埋葬するのも忍びないので。ちゃんと公的なところに連絡して」

「真面目だね」

「そんなことはないでしょう」


 他に目立ったものを見つけられず外に出ると上着を脱いだこともあってほんの少し肌寒い。

 手をポケットに突っ込んでいると、新子は少し心配したように俺を見てこてりと首を傾げる。


「寒くない? 上着返そうか?」

「平気だ。女の子が腹を出す物じゃない。そのまま着ておいてください」

「もう女の子って年齢はとっくに過ぎてるけど……ありがと、えへへ」


 新子は照れ臭そうな笑みを浮かべて俺の上着をキュッと握り込んだ。

 ブカブカな上着を着ている子供みたいで可愛らしいな、と思っていると星野は新子を見てほんの少し真剣な表情を浮かべる。


「新子さ、何者なんだ? 身体を真っ二つに斬られたはずなのに一瞬……いや、斬られている途中で治ってるって普通じゃないだろ」


 星野の歯に衣を着せない言葉に俺が止めようとするが、新子は気にした様子もなくゆっくりと口を開く。


「まぁ……気になるよね。そうだね、話そうか、私のことを」

「大丈夫なのか?」

「あ、うん。特にそういうアレじゃないよ。話してなかったのは単にさ……その……「自分語りする老人みっともねー」って若い子に思われたくなくて」


 そんなしょうもない理由で話さなかったのか……ええ……。面倒くさい気の使い方してるな。


「……うん、そうだね。まず何から話そうか。……私が生まれてすぐにしたことは、自分の墓を暴くことだったよ」


 自分の墓を暴く……なんて、どう考えても矛盾を孕んだ言葉を口にしながら、新子は南棟の中に入っていく。

 歩調を合わせずに前を歩いていくのはきっとわざとなのだろう。


 後ろ姿では新子の表情は分かりにくく、きっと「自分語りがみっともない」なんて理由で話さなかったというのは嘘なのだろうと察する。


「……自分の墓を暴くってのは」

「以前、私は死んでいてね。その墓を暴いて骨を取り出したんだ」

「……言ってることがめちゃくちゃだと思うんだが」

「迷宮はどんな願いも叶える。……多くの人は、何を願うと思う」


 多くの人の願い……? 金とか名誉とか……は迷宮に願わなくても手に入るものだ。夢を叶えるとかも、普通は迷宮に願うのよりか自力で叶えた方が手っ取り早い。


 俺が悩んでいると、星野が口を開く。


「死んだ人間に会いたい」


 新子は振り向くことをせずに「うん」と一言で返す。


「私の父も……父だと思っている人も、それを願った。「死んだ娘を生き返らせてくれ」なんて……馬鹿な、馬鹿な願いを」

「……それはつまり」

「私の父は迷宮を単独で攻略し、私を蘇らせた」


 新子の声は、棒読みに近いほどに平坦だ。


「蘇ったはいいけれど、父は迷宮攻略によって無理をし過ぎたせいですぐに死んでしまった。その後すぐに、私は自分の墓を暴いたんだ」


 新子の前に人間の頭部ほどもある大きな蜘蛛のような魔物が現れて、新子は飛びかかってきたそれを手で掴み、噛まれていることも構わずに地面に叩きつけ、弱ったところを踏み潰す。


「違和感があった。怪我をしてもすぐに治った。蘇ったということなのに、私は墓からではなく迷宮の中に現れた。答えは見つかったよ」


 怪我はしていない。それどころか痛みすら気にしていない。


「墓の中には骨があった。……私は私ではなかった。迷宮によって作られた、偽物だった」


 あまりのことに何も言えずにいると、新子は「ふう……」と息を吐く。


「……全世界に戦争を無理矢理やめさせるだけの力か、わずか30kgと少しの身体に詰め込まれている。だから不死身なの」

「……使い切ることは無理なのか?」

「西郷くん、初ちゃんのお父さん曰く「迷宮が維持され続けているのと同じ」だそうだよ。迷宮を維持する力と同じものが、私や戦争を止める力に費やされているわけだ」


 どう考えても……人の身には余るような力だとしか思えない。


「まぁ、桃から産まれた桃太郎ならぬ、迷宮から産まれた迷宮太郎ってことだね、ははは」

「そんな笑い話だったか……?」


 新子の空笑いを聞いて、俺は歩調を速くして無理矢理新子の前に出る。新子の表情は泣いても笑ってもいなかったが、けれども……わざわざ話さないように隠していたのだ。話す時も表情と声色を隠していた。……何も思っていないなんてことはあり得ないだろう。

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