混霊×婚礼

 ホテルのロビー横にある自動販売機の前で「少し割高だな……」と思いながら金を入れて無糖のコーヒーのボタンを押す。


「何か飲みま……飲むか?」

「ん、いいよ。飲み物は冷蔵庫に入ってるから」


 本当にただ俺が心配でついてきただけなのか。

 コーヒーを片手に持っていると、新子は可愛らしく笑いながら俺に尋ねる。


「コーヒー苦くない? 苦いの好きなの?」

「苦いのはあまり好きじゃない。けど、甘いのとか味がないのとかも好きじゃないからな」

「……そっか」

「まぁでも、初と食べるのは好きですし、この通りちゃんと栄養は摂ってるので平気ですよ」

「うん。……まぁ……そうだね。今度美味しいものを食べに連れて行ってあげるよ。それより……修行というか、スキルの扱い方は早めに教えたほうがいいかもだね」


 スキルの扱い方? もちろん早く教えてもらえることに越したことはないが。

 そう思いながらコーヒーのプルタブに手をかけると、新子はしみじみと頷く。


「いや……なんていうか、ヨクくん、短い間に二回も探索者に襲われてて、めちゃくちゃ運が悪いから……この治安がいい日本で」

「言うほど日本って治安がいいですか? 探索者は今回と前回が初めてですけど、時々犯罪に巻き込まれますし」

「普通は人生に一回あるかないかなんだよ」


 それだとまるで俺の運が悪いみたいだ……。


「まぁそれはいいんですけど、俺のスキルって攻撃を無理矢理拘束に変換するってものじゃないですか。例えばオンオフ出来るようになるもんなんですか?」

「んー、スキルの強制発動がどの程度、根幹に位置してるかによるかな。スキルを使いこなすにも2パターンあるから、どっちも試せばいいし」


 2パターン? と俺がエレベーターのボタンを押しながら疑問に思うと、新子は指をピースのように開いて俺に見せる。


「うん。深層化と婚礼術。今のところ、二種類の方法が発見されているんだ」

「……婚礼術?」


 新子と共に部屋に戻ると、新子はリビングのような場所ではなくそのまま初のいる寝室に戻って上着を脱ぎ、薄手の部屋着に戻る。


「まぁ婚礼術だけじゃなくて混霊術とも言うけど、読み方は一緒だからどっちでもいいよね」

「混霊術……ですか」

「そう、「霊を混ぜる術」と書いて混霊術。もしくはそのまんま結婚を意味する「婚礼術」と書いても間違いじゃない。そもそも一部の人しか知らない俗語だしね」


 新子はホテルのベッドの縁に腰掛けて、俺にも隣に座るようにぽすぽすとベッドを叩いて促す。


「まず、スキルについてなんだけど……スキルはその当人しか使えないけど、どこまでが当人と呼べると思う?」

「どこまでって……そりゃ本人は本人だろ」

「例えば遺伝子が同じ一卵性の双子とか」

「それは普通に別人だろ。そもそもスキルは迷宮に入った時に得るものなんだしな」

「うん、当然双子でも別人だし同じスキルじゃない。じゃあ次は……」


 新子は自分の頭をトントンと触ってからスーッと、指を下ろしていく。


「じゃあ、体を真っ二つにして半分ずつくっつけたら?」

「それは、死ぬんじゃないか?」

「スキルってものがあるからね。迷宮災害が各地で起こった黎明期に実際にやらかした人がいるの」

「ええ……あー、まぁ、使える方と使えない方が出たとか?」


 俺が答えると、新子は首を横に振り、それから初の頬を撫でる。


「正解は「両名とも両方のスキルが使えた。」まぁ、完璧にではなくて出力が半分とかになったみたいなんだけどね」

「……それは……一体」

「じゃあ次に、手足の一本だけ付け替えたらどうなると思う?」

「……付け替えた手足の人物のスキルは使えない」


 ああ、少しグロテスクな話になるから初が寝ているかを確認したのかと理解していると、新子はゆっくりと首を横に振る。


「正解は「若干だけ使えるようになった。」。同じように輸血をしても大量に血液を入れ替えたら多少使えるようになるよ。輸血は時間経過でなくなるけど」

「……スキルはあくまでも肉体に宿るってことか?」

「いや、それが案外そうじゃなくてね。スキルは非常に……それこそ人間の認識では馬鹿らしく見えるほどに曖昧なものってことなんだ」


 新子の言葉の意味が分からずに首を傾げていると、新子は指を立てる。


「例えばさ「この言葉を言えば相手はこう思ってこう返してくるだろうな」って思うことってあるでしょ? それは自分の頭の中にもう一人の相手がいるとも言えるわけだ」

「いやそれは……」


 新子の言いたい言葉の意味が分かり、その内容の無茶苦茶さに頬が歪むのを感じる。


「その……つまり、別のスキル保持者のことをよく知ると別のスキルが使えるようになるってことか?」

「正確には、めちゃくちゃ……それこそ婚姻した夫婦ほどに、互いの霊が混じり合うほどに親しくなれば、スキルの効果を若干だけ変更出来るようになる。例を挙げると、剣を使う能力者が炎を出す能力者と極めて親しくなれば剣に炎が纏わせられるみたいにね」


 新子は指をピンと立てて、説明していく。


「最初にスキルが混ざっていることに気がついたのが夫婦だったことから婚礼術と呼ばれることもあるけど、まぁ別に結婚はしてなくてもスキルの所持者同士がそのレベルで親しくなればスキルが変化するってこと」


 新子の説明を聞き、なんとなく……ほんの少しだけだが感覚的に理解する。

 スキルは迷宮で書いた願いと人格によって形成される。元々曖昧で、雑で、理解に苦しむような……まるで人間自身を表しているようなものだ。


 だから、人間のように人と関わることで変化してもおかしくはない。


「混霊術……ね」

「基本的に元のスキルと切り替えられるはずだから、覚えて損はないはずだよ。特にヨクくんの【英雄徒労の遅延行為】はオンオフが出来るようになるだけでめちゃくちゃ強化されるだろうしね」

「問題は、その混霊術の相手がいないことだよな。現状、スキル持ちの仲間は新子だけだし。新子の落下を操るスキルと混ぜたらどうなるんだ?」

「んー、まぁレパートリーが増えるのはいいから、身につけられるように頑張ってみようか。あと、今すぐってわけじゃないけど初ちゃんとツツちゃんと星野くんもスキルを取りに行く予定だしさ、結構相手はいるよ」


 まぁ、それはそうなのか。そう俺が考えていると新子はきゅっと俺の手を握り、俺は思わずびくっと手を引っ込めてしまう。


「あ、もう、スキルを身につける訓練なんだからちゃんと親しくなれるようにしないと」

「あ、ああ……そういうことですか、はい」


 女慣れしていないため、ベッドの上で手を握られるという事態に本気でビビってしまった。情けない。

 改めて新子の白くて小さな手を握ろうとして、手が止まる。……これ、夫婦ぐらい仲良くなれるようにスキンシップをするってことだよな。……いいのか? 俺、いいのか?


 恐る恐ると指先を触れさせると、新子は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。


「へー、ヨクくん、こんなちっちゃい女の子相手に緊張してるんだ」

「……あまり言わないでください」

「もっとくっついたりしないとダメなんだからね」

「……ああ」

「まぁ私とは置いておくとして、ヨクくんの中で一番相性が良さそうなのは誰?」


 仲間の顔を頭の中で浮かべたあと、小さく口を開く。


「ツツ、土田月が多分一番だと思います」

「ツツちゃん? 意外だ。はっちゃんかと思ってた」

「まぁ一番好きなのは初ですけど、人格面が一番近いのはツツですし、あとツツは全体的に距離感が近くて積極的で触れ合うみたいなスキンシップも多いので」


 新子は「なるほどね」と言ってから頷く。


「まぁあの子、ヨクくんのこと結構好きっぽいしね」


 それ初耳だ……。

 初と星野にめちゃくちゃ怒られそうだ……。

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