第一章完×第二章に続く

 病院を出てすぐのところで新子に電話をかけると、割とすぐ近くにいたそうで駅前で合流することとなった。


 病院から出てからも初は俺の手を離すことはなく、ぎゅっと手を握り締めていた。

 街中で手を繋いでいるなんてバカップルみたいだな、と思ってしまい気恥ずかしいが、不安そうな初を見ると手を離そうという気には到底なれない。


 こうして手を繋いで歩いている姿は周りからどのように見られているのだろうか。カップルというには歳の差があるし、仲の良い兄妹というには初の年齢が高い。


 ……まぁ、周りからどう見えているかなんてどうでもいいことか。しっかりと手を握って初に微笑みかける。


「大丈夫、俺がいる」

「……はい。えへへ」

「無理して笑わなくても大丈夫だぞ」


 父が亡くなって家を失って、幼い少女が受けるにはあまりに酷い目に遭っている。無理をしていることは悲しみを帯びた瞳を見ればすぐに分かった。


 初はきゅっと俺の手を握って、充血の残った目を俺に向ける。


「……無理、したいんです。兄さんが慰めてくれているから「平気だよ」って、返したいんです」


 俺はまっすぐな言葉に負けて、ポリポリと頰をかいて「そうか」とだけ返す。

 そんな会話をしている間に待ち合わせ場所に着き、先日にメールの画像で見た少女の姿を見つける。


 画像の顔立ちと同じで背丈も見たものと同じだが、画像と違って服装が……女児である。おそらく俺達に気を遣って、自分の見た目に合わせて目立たない格好をしたのだろうが……服装が女児のそれである。


 ……いや、話しかけにくい。高校生が女児にしか見えない女の子に声をかけるのとか不味いだろう。

 駅前みたいな人通りの多いところじゃなくてもっと人の少ないところで待ち合わせるべきだったかと考えていると、女児が……いや、新子が俺たちが見ていることに気がついたのかトテトテとやってくる。


「あ、こんにちは。……えっと、ヨクくんと初ちゃんであってるかな?」

「ああ……初めまして、新子さん。西郷良九と初です」

「ん、よろしくね」


 幼い姿の少女がニッコリと俺に微笑み、距離感の近さに少し驚いていると、初が俺の手をくいくいと引っ張る。


 いや、別にデレデレしてたわけじゃないんですよ、初さん。


 少女の見た目は服装のせいもあってか写真で見たものよりも幼く見える。けれども明確に「こちらを気遣っている」所作がところどころに見えて、目の前にいる少女が自分よりも歳上であるということに違和感がない。


 幼く見えるのに歳上と分かる所作という不思議な雰囲気、そんな彼女……今日から俺達の妹という設定の人物は左手を俺の頭に、右手を初の頭に乗せて同時にヨシヨシと撫でる。


「……遅れてごめんね。よく、頑張ったね、ふたりとも」


 俺と初は呆気に取られて……いや、その手の感触に驚いて身体の動きが止まる。

 優しく柔らかく、心地よい。


「……辛かったよね。痛かったよね。……ごめんね」

「あ、そ、その……」


 初は目から涙を零そうとしてグッと堪える。


「え、えっと、その……ありがとう……ございます」

「……うん」


 新子は少し寂しそうに笑ってから初の顔を覗き込み「目元がちょっと似てるね」と口にしてから俺の方を見る。


「……あー、いや、その……とりあえず、ホテルとか取りましょうか。今日寝るところないんで」

「あ、それならもう予約しておいたよ。荷物……はないか、とりあえず必要なものを買いに行こうか、お金なら私が持つから」

「そ、そんな、悪いですよ」

「いや、いいんだよ。初ちゃんのお父さんとお母さんは親友だったからね、私からしても初ちゃんは娘みたいなものだよ」


 初よりも歳下に見える彼女はそう言ってから歩き始めて、近くにあったクレープ屋を指差す。


「じゃあ、まず、ちょっと甘いものでも食べよっか。クレープ好き?」

「あ、は、はい」

「ヨクくんは?」

「食べたことないです」


 俺が答えると、新子は少し首を傾ける。


「あー、食べたことない。オススメって、ありますか?」


 敬語を止めると新子は満足したように頷き、それからおすすめのものを三人で食べる。

 そのあと新子に連れられて店を回るが、わざとなのかあまり効率のいい回り方をしているのではなく、買い物を楽しむような雰囲気で俺と初を連れ回していく。


 多分気を遣っているのだろうということが分かり、申し訳なく思っていると、新子はコテリと首を傾げて俺達に尋ねる。


「必要なものだけじゃなくて、欲しいものとかはないの?」

「ん、ああ、初は何かあるか? 俺は元々何も持ってなかったから特にないが。家具とか家電は家が決まってからの方がいいだろうしな」


 初は少し考えてから、俺の手をキュッと握りしめてから甘えるような視線を俺に向ける。


「あ、あの……えっと……ビー玉、買いませんか?」


 初の言葉を聞いた新子は不思議そうに首を傾げる。

 俺と初にしか分からないやりとりだから当然だろう。


 人目もある中で気恥ずかしいけれど初の手をしっかりと握り返す。


「そうだな。……それは、俺には必要かもしれない」

「えへへ」


 俺と初が顔を見合わせて笑っていると新子は「えっ、どういうこと?」と尋ねて、初は少しイタズラな笑みを浮かべる。


「えへへ、私と兄さんの秘密です」


 初は「ねー」と子供っぽい顔を俺に向けて、俺は握っていない方の手で初の頭を撫でる。

 彼女は数日の間に、あまりに多くのものを失ってしまった。俺では父の代わりにも家の代わりにもなれないかもしれないけど、けれども、けれど……少しでも、彼女のためになれるようになろうと、そう思った。








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 第一章:人造迷宮【模倣の廃廊】の攻略


 

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