抱擁×三日会わざれば
初の震える指先を強く握りしめる。
すべて失くした少女をほんの少しでも慰めになるように、冷たい手先を自分の熱で暖めていく。
「兄さん。……寒い、です」
もっと触ってほしいと口にするのは年頃の少女には恥ずかしいのかほんの少しだけ迂遠に言い、俺は黙って初の身体を抱きしめる。
魔物の返り血で血まみれだったため、大怪我をしていると勘違いされて病院に搬送された。
病院に着いた頃には朝になっていて、呆然としたままの初とふたりで検査などを受けていたらもう昼になっていた。
一日検査のために入院をすることとなり、今は二人で同じ部屋で抱き合っていた。
一応は二人部屋でベッドも二つあるが、初は俺のベッドから出ていく様子はなく、看護師も兄妹ということや火事の後ということを慮ってか何も言わずに見逃してくれていた。
あまり口がうまくないため、ただただ抱きしめるだけで、お互いの心の穴を埋めるように抱きしめ合い続ける。そうしているうちに夜が来て、俺も初も眠ってしまっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めてからもべったりと出来る限りの皮膚を俺にくっつけようとしているのではないかと思うぐらいに初は俺にへばりつき離れようとしない。
俺も男なので意中の女の子とくっつけたら非常に幸せではあるのだが、今はそれを素直に喜ぶことが出来ず、むしろ気まずさに頭を抱えていた。
検査のために入院している病院の白い天井と壁を全力で見ることで現実逃避を試みるが、現実というのは恐ろしいもので一向に逃げ切れる様子はない。
「あ、あー、ヨクくん。放火だって? ふたりとも平気だった?」
「え、ええ、まあ、怪我は、これぐらいなものですから」
全身が多少の裂傷と火傷を負っているが、大した怪我ではない。それよりも問題なのは……目の前の人物である。
西郷 四郎。俺と初の法律上の保護者であり、初の実の叔父だ。
そんな叔父に……病室で初とめちゃくちゃイチャついているところを目撃された。
「あ、あー、その、なんだ。仲が良さそうなのは何より……だよな?」
「ああ、まぁその……初も、ショックなことが立て続けにあって、それの影響で」
「それより、来るのが遅れてごめんね」
「いえ、四郎さんにご迷惑をおかけして申し訳ないです。手続きとかをやっていてくれていたんでしょう」
「ああ、まぁ……警察と保険会社とか、まぁ一通りね。一応は保護者だしね」
彼は椅子に座って、初は少し人見知りをするように俺の後ろに隠れる。
「それで……どうする?」
「ああ、まぁ……どうでしょうか。家、全焼ですよね?」
「ああ、酷い燃え方だったみたいでね。……ウチに戻ってくるかい?」
「……おばさんが嫌がるでしょう。子供ふたりを抱えるのは」
「まぁ……そこは説得するよ。俺も」
叔父はそう口にしてはいるものの、難しいとは思っているのかポリポリと頭を掻く。
「あー、品のない話にはなるんですけど、火災保険ってどれくらいになりますか? 額によっては、また近くに家を借りるなりしようかと」
「……えっ、またあそこに住むのかい?」
「まぁ、そうしようかと」
俺の言葉を聞いた叔父は難しそうに腕を組む。
「あー、それはヨクくんではなくて初ちゃんの方の気持ちだよね。一応、理由を聞かせてもらってもいいかな」
初はベッドの上でモゾリと体を動かして叔父の方を見る。
「……あそこには大切なものがあるので」
「……ん、んー? あー、出来たら二人の気持ちの通りにしてあげたいんだけど、放火があったばかりのところに子供だけで住まわせるのはなぁ」
困った顔をする叔父を見ながら体を起こす。それからゆっくりと息を吐き出す。
「……迷惑はかけません」
「いや、迷惑って話じゃなくて大人として心配をしてるんだよ。……ああ、初ちゃん、ちょっと一階の購買でジュースを買ってきてくれないかな?」
初は「話すのに邪魔だから追い出された」ということを察しつつも叔父から小銭を受け取って病室から出ていく。
叔父は初がいなくなったのを確認して、佇まいを直して俺を見る。
「……ヨクくん、初ちゃんを説得出来ないかな。会ったばかりだと思うけど、君にはとても懐いているようだし、お願いしたい」
「……知っての通り、あの子はとんでもなく頑固ですよ」
「別に無理におじさんの家に住めとは言わないよ。子供なりに気を遣って窮屈なのは分かるしね。他のところに住んでもいいし、あまり高いところは無理だけど家賃ぐらいはなんとか工面する」
「……家賃はめちゃくちゃ魅力的なんですけど、まぁ……あー、初はどうやら親父の研究を引き継ぎたいらしくてですね。迷宮の多いあそこから離れられないみたいなんです」
叔父は俺の言葉を聞いて片手で頭をかかえる。
「っ……そんなことを子供が引き継ぐ必要はないだろう」
「俺もそう思います。……まぁでも、たぶんもう、放火犯に狙われることはないので、思っているほど危険ではありません。近くでアパートでも借りて暮らしたいと考えています」
叔父は何かを考えるようにジッと俺を見る。
「…….それは、初ちゃんと二人で暮らしたいからではなく?」
「……」
「……ヨクくん? あの、大丈夫だよね? 手とか出してないよね? 真面目なヨクくんなら大丈夫だろうって思って預けてたんだけど」
「……手を出すというのは……その定義を教えてもらえませんか?」
「ヨクくん……!? それアウトの人が使う言葉だよ」
「…………いや、法令的にアウトなことはしていないので」
「その言い方なんなの!? 怖いよ」
「……ほら、その……仲良くなる過程でさっきみたいにひっつかれることがあったので……あと、慰めるときに抱きしめたりと。年頃の男女としてはあまり良くないでしょう」
「あ、ああ、そういうことね」
なんとか誤魔化せたことに安堵しつつ、説得の言葉を探そうとすると叔父は難しそうに頭を悩ませていた。
「……まぁでも、ヨクくんが大人に流されずに説得しようとしてるからなぁ。叶えてあげたくはあるんだよね」
叔父の言葉に驚いていると、叔父は少し微笑んで俺の頭をぽすりと撫でる。
「心配はしていたよ。ずっと「はい」と「大丈夫です」としか言わなかったからね」
「……まぁ、初がいるので、ワガママを言わせてもらってます」
「そっか。……じゃあ、子供扱いも失礼かな。……分かった。ああ、家は俺の名義で借りるから、いいところが見つかったら教えてね。家が見つかるまでの間はどこに住む?」
「……適当なホテルとかに泊まろうかと」
「分かった。未成年だけでは泊まれなかったりするから、必要ならまた呼んで」
叔父はそう言ってから立ち上がる。
「初が戻ってくるのを待たないんですか?」
「ああ、実は仕事を抜け出してきていて、戻らないと」
「…‥.日曜日なのに大変ですね」
「はは、まぁ、ヨクくんほどじゃないよ。妻にも言っておくから、何かあったら頼ること」
「はい。……すみません、何から何まで」
叔父は「気にするな」とばかりに微笑んで病室の扉を開く。
「男子三日会わざれば刮目して見よって言うけど、本当に成長が早いなぁ」
そう独り言を言って帰っていった。
……叔父の目の前で初と抱き合っていたが、これは……セーフということでいいのだろうか? いいんだよな?
そんなことを考えているうちに初が戻ってきて、不思議そうに小首を傾げる。
「あれ? 叔父さんはどうしました?」
「仕事があるって帰ったよ。検査も終わったし……とりあえず、ホテルとか借りてから家を探すか」
その前に親父の協力者の新子と合流するか。電話で連絡を取ったので、もう病院のすぐそばにいるはずだ。
俺が計画を立てていると、初は何故か顔を赤くして俺から目を逸らすように俯く。
「ほ、ホテル……ですか。そ、その、嫌というわけではありませんが……気が早く、ないですか?」
「いや、今晩泊まるところがないだろ。夜に探しても遅いぞ?」
「……泊まるところ……?」
初はそう言ってから何かに気がついたような表情をして「あっ」と口を開く。
「そ、そ、そうですね! はい! 行きましょうか!」
「退院の手続きをしてからな。ホテルに着いたら色々と買わないとな……着替えとかすらないし」
「は、は、はい。す、すみません。勘違いをして」
勘違い……? 叔父とのことで何かあったのだろうか。
まぁなんでもいいかと思いながら体を起こして身支度を整える。
「初、とりあえず新子さんと合流して、それからホテルをとろう。そのあとに日用品とか服を買ってから家を探そう」
「ん、了解です」
初はまだ目が充血している。今こうして普通に話しているのは、悲しみが収まったということではなく……俺に心配をかけないためだろう。
……もっとしっかりしないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます