お節介×手汗

 のんびりと過ごせるのはしばらくないかもしれないしな。と思いながら遊びに行くプランを立てようとして気がつく。


 ……女の子と遊びに行ったことがない。近所の公園で水を飲んだことしかない。

 そもそも女の子じゃなくとも誰かと一緒に遊びに行くなんてなかったしな。急に不安になってきたが、初は気にした様子もなく少し機嫌を良くして笑みを浮かべる。


「えっと、兄さんは行きたいところとかありますか?」

「えっ、俺か? いや……特に……あー、ミナも楽しめるようなところがいいんじゃないか? 行ったことはないけど、遊園地とか、動物園とか」

「ん、そうですね。小さい子に合わせないと……。狩屋さん、ミナちゃんの好きなものって知ってますか?」


 初がウドに尋ねると、ウドは「やれやれ」とばかりに肩を竦める。


「あのな、俺を誰だと思っているんだ。お兄ちゃんだぞ?」

「まぁそれぐらい知ってるよな」

「おう、もちろんだ。ミナの好きなものは……この俺だ!」


 ウドが妹について何も分かっていないことはよく分かった。


「あー、まぁウドがいるならミナも楽しめるってのは分かったんだが、具体的な場所をだな」

「まぁ……あんまり張り切ったところに連れていくのもなぁ。アイツ、俺が言わないとちゃんと宿題しないし、明日一日中はしゃいでたら明後日は疲れすぎてグッタリしてるだろうから、そこそこで済む場所の方がいい」


 思ったよりちゃんと考えてた……。


「まぁ、ヨクがいたらテンション上がるだろうから多少騒がしくしてもいい場所だな。ちょっと広い公園ぐらいがミナには丁度良さそうだ。お前たちには少し退屈かもしれないけど」


 初の方を見ると初も俺の意見が聞きたいような表情をしていたので、ウドの方に向き直して頷く。


「まぁ、いいんじゃないか」


 遊園地とかなんか乗り方とか入り方とか分からないから初の前で恥をかきそうだが……公園なら行ったことがあるしな。


 あと、そこそこ運動も得意なので初にいいところを見せられるかもしれない。


「んー、まぁそんなところとして、そろそろ寝る時間だろ。一回外に出ていいか? 電話をするだけ」

「ああ。……あー、頭に上着を被ってスマホの光が漏れないようにな。大丈夫だと思うが」

「おー、そろそろ眠くなってきたし適当にな」


 初を置いて二人で外に出て、周りにいないことを確認してからウドが家族に連絡を入れる。


「もう寝てたからメールしといた。ったく、可愛い息子がいないってのによく寝れるよな」

「まぁ、いい歳だし心配にはならないんじゃないか?」


 ほら、戻るぞとウドを連れて人工迷宮に戻ると、ウドはポリポリと頭を掻きながら俺を見る。

 部屋に戻らないのかと思っていると、ウドはそのつもりはないのか壁に背を預けて口を開く。


「西郷は大丈夫そうなのか?」

「……さっき、電話かけるのがやけに早かったな。電話かけた後にメールを打ったならもっと時間がかかると思うが……。世話焼きだな」

「まぁ、そりゃ知らない中ってわけでもないし心配ぐらいする。……何か出来るってわけでもないけどな」

「……昼間は平気……というか、動いている間は気が紛れるようだ。夜は……少し寂しさや悲しさが辛そうだ」

「あー、そうか。そりゃそうだよな。……一緒にいてやれよ。俺は他の部屋で寝るから」


 ウドはそう言って俺が初の元に行くように促し、近くの部屋に入る。

 お節介め。などと思いながら初のいる部屋に入ると、初は目をくしくしと擦ってから俺の方を見てソファから立ち上がる。


「兄さん、大丈夫でしたか?」

「……泣いてたか?」


 初は少し驚いたような目をして、肯定とも否定とも取れないような寂しげな表情を浮かべる。


「……寝るか。ウドの奴は別の部屋で寝るってよ」

「はい。……えっと、毛布はあるので、電気消しますね」


 初はパチリと電気を落として、それから二人で狭いソファの上で横になる。言葉もなく毛布の中に二人で包まって、初の頭の下に腕を差し込む。


 父母がいないことをさほど気にしてはいなかった。

 人並みに寂しいと思うこともあったし、色々と不便や不都合も多かった。けれども「俺はこんなもんか」と諦めることは出来ていたのだ。


 ただ、今になって「ちゃんと親がいる人生だったら……」などと思ってしまう。


 俺の隣で泣く少女に一言「君の気持ちは分かるよ」と言ってあげられる人生が欲しかった。


 きっと初は悲しいのだろう。苦しいのだろう。辛いのだろう。頭の中でそれを理解しているのに、心の底では無理解もいいところだ。

 愛されて育った人の気持ちが、俺には分からない。自分を愛してくれていた親を失う感覚は想像出来ない。


 親がいないことで、夜一人で寒かったことは耐えられた。学校でクラスメイトと否応なく比較されて惨めなことも我慢出来た。何もするにも恵まれておらず何も出来なかったことも、ボロボロな服も、友達とどこかに出掛けることが出来なかったことも、馬鹿にされることも、同情されることも。


 けれども、けれども……初の気持ちに寄り添うことが出来ないことだけは、心臓が張り裂けそうなほどに痛かった。

 大切な人がいたことがない俺には、その死別の苦しみが分からない。


 気の効いた言葉は何一つ出てこず、ただ隣に寝転んで初の冷えた手を握り続ける。

 優しい言葉をかけないとダメだと分かっている癖に、優しい言葉なんてかけられたことがないからなんて言えばいいのか分からない。


「……兄さん」


 初の指が俺の熱を求めるように指先を絡めていく。人肌の生ぬるさとねっとりとした動きに羞恥を覚えて思わず手を引こうとすると、初が甘えるような視線を俺に向けていることに気がついてされるがままに指を弄られる。


 毛布の中でもぞもぞとした動きが続き、最終的には恋人繋ぎのような形に収まった。


「……あの、嫌じゃないですか? その、手汗とか」

「半分は俺のだろ」

「そういう問題ではなくて……んっ」


 嫌じゃない。そう示すように初の手をしっかりと握り返すと、彼女は安心したように吐息を漏らす。


「……私は、今、とても良くないことをしています。寂しさや悲しさを誤魔化すために……兄さんのことを利用しています」

「利用したらいい」

「兄さんが私を好きでいてくれるのを良いことに、寂しさを埋めることに使ってます」

「使ったらいい。……俺は、泣いている初を見たくないんだ」


 初はもぞりと動いて、グッと何かを堪えるかのような声を出す。


「……はい」

「ああ、いや……でも俺がいないところで泣いてる方が嫌だな」

「えっと、はい」

「あと、悲しいのに無理矢理我慢するのも……」


 俺がそう言うと、初は涙を溜めたままの瞳でクスッと笑う。


「どっちですか、もう」

「……いや、それはその……まぁ、うん、そうだな」

「でも、兄さんは泣いてる私を見て一目惚れしたんですよね?」

「それは、その……いや、なんというか……。ほら、いや、可愛いと思っただけで今みたいな真剣さじゃなくてな、アイドルを見て可愛いって思うタイプの好きであって、今みたいな真剣なアレはないんだよ」

「へー、あんな告白みたいなことをして真剣じゃなかったんですね」

「そ、それはその……」


 俺がしどろもどろになっていると、初は「えへへ」と笑って俺の胸に顔を引っ付かせる。


「今は、そういうのじゃなくて好きなんですか?」

「ああ。……今は、ちゃんと好きだ。浮ついた気持ちじゃなく、初を幸せにしたいと思っている」

「……プロポーズですか?」

「いや……ん、んん? ぷ、プロポーズということになるのか? いや、まぁ……それは保留にするとして。そうだな、泣くとか泣かないじゃなくて「ほんの少しでも幸せになってほしい」そう思っているってだけだ」


 初は「えへへ」ともう一度笑って、狭いソファを言い訳にするように身を寄せる。


「無理に笑わなくてもいいぞ?」

「……じゃあ、少し……泣きます。でも、あまり泣きすぎると目が腫れてしまうので、途中で止めてください」

「難しいお願いだな……」


 泣いている途中の女の子に「泣き止め」と告げるのは、人生経験の浅い俺には少しばかり難しい気がする。……時間を見計らって変顔とかすればいいのか? 

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