制服デート×襲撃者

 パチパチとふたりでオセロをしていると廊下の方から、「とててて」と足音が聞こえてパッと扉が開く。


「ヨクさん! 学校の案内しにきました!」


 ミナを見てから時計に目を向ける。まだ昼休みには遠く、おそらく授業の切れ間の休憩時間だろう。


「あー、休憩時間10分とかだろ?」

「5分だよ」

「あと3分ってところか……。案内は無理だろ……というか、そろそろ戻らないと授業に遅れるぞ?」

「あ、ほんとだ。いつのまに」


 移動時間の間にかなぁ……。そもそも5分とかでよく遊びに来ようと思ったな……。

 呆れと感心が混ざった目をミナに向けていると、サヤが不思議そうに俺を見る。


「あれ、もう知り合いなんだ。それに仲良さそう……。ふふふ、ヨクくんは可愛い女の子と見ると手が早いですなぁ」

「えへへ、ヨクさんはヒーローさんなんです」

「ヒーロー?」


 その話はやめてくれ。

 誤魔化すように「時間は大丈夫なのか?」と尋ねるとミナは「あっ、またね」と手を振って再び「とててて」と走り去っていく。


 ホッと息を吐くとサヤはにまーっと笑って俺の顔を見つめる。


「それで、ヒーローさんって何?」

「……忘れてくれよ」

「えー、んー、気になるなぁ。着替えを覗かれたこと。初ちゃんに告げ口しようかなぁ」


 初の名前を出すのは卑怯だろ……。仕方なく口を開き、昨日のことをサヤに話す。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 初登校からの帰り道、教室まで呼びに来てくれた初と共に歩く。涼やかな風が初の髪を揺らし、綺麗な横顔に目を奪われる。テレビで見るような芸能人などよりもよほど美しく幻想的にすら映る。


「……どうかしましたか?」

「ああ、いや……適当について行っているけど家ってこっちの方じゃないよな?」

「昨日言った通り、街の案内です。とは言ってもお店などはないので近所を歩くだけですが」

「ああ、なるほど」


 ……これ、俗に言う制服デートというやつではないのだろうか。などと考えてしまい自分の頭を強く掻く。

 義理とは言えども妹を恋愛の対象に見てはいけないだろう。俺のことを嫌っていても離れるに離れられないわけだから、そういう感情はなくすべきだ。


「……どうかしましたか? あっ、ここの空き地に通販で購入した物を運ぶトラックが止まります。基本的にみんな各々で取りに来ることになるので覚えておいてください」

「道が悪いのに通れるんだな。タクシーは途中で……と言っても徒歩十分ぐらいのところで降ろされたんだが」

「あまり道を知らない人だったんじゃないですか? 地元の人じゃないとなかなか崩れていない道を知りませんし」


 そんなものかと思いながらふたりで歩き、初に「ここが公民館です。自分達で街の清掃などをするので定期的に集まります」や「ここは役所です」や「ここは公園です」などと民家以外の場所を説明していく。


「店とかはないのか?」

「食堂兼居酒屋みたいなところはありますよ。小売店はないですが。まぁ……何もないところなのでこれぐらいですね」


 初が「では帰りましょうか」と口にして道を曲がったところで急に立ち止まる。

 曲がり角に立っていた着物姿の若い女性が俺たちを見て軽薄な笑みを浮かべた。


 初の知り合いかと思い、初に目を向けると知らない人物らしく少し警戒した様子を見せる。


「……ここの街の人か?」

「いえ……知らない人ですね」

「まぁ、別に知らない人がいることはおかしくないが……別に立ち入り禁止というわけでもないしな」


 そう言っていると着物の女性は一歩前に出てニコリと俺達に笑いかける。


「デートの最中にごめんなさい。西郷博士の娘さんですか?」


 穏和な表情に見えるがどうにも目が笑って見えない。どこか肌がピリつくような緊張感に似た妙な感覚。

 そして西郷博士……と、親父のことを研究者として呼ぶ言葉に眉を顰める。


 俺は初を庇うように一歩前に出て口を開く。


「……何か用か?」

「あ、ごめんなさい。警戒させちゃった? 私はこういうもので……」


 と言いながら俺に名刺を手渡す。

 名刺に載っているのは『探索者組合「九魔三頭」 第一探索チーム 桜川 流々』という所属と名前に加えて電話番号やメールアドレスや住所などだ。


 迷宮を探索している奴ということは分かったが、それ以上のことが分からない。初に名刺を渡してもう一度桜川の方を見る。


「それで、御用は?」

「えっと、生前お世話になっていたからせめてのご挨拶を……」


 初に目を向けると、初は怪訝そうな表情で桜川を見る。やっぱり……少し怪しいな。


「……父とはどういった関係だったんですか?」

「迷宮のことについてよく教わっていまして」


 そう桜川が答えた瞬間、初はすぐさまそれを否定する。


「父は極一部の探索者にしか研究の成果を渡していません。『願いを叶える』ことが出来る迷宮は非常に危険だからです」

「いえ、そんな大層なものではなく一般的な……」

「そういうものでもないです。父は迷宮の探索……踏破に対して極めて否定的でした。なので、こんな有名なチームの探索者に与することはあり得ません」


 初は真っ直ぐ桜川を見て「貴女は嘘を吐いています」と宣言する。


 一秒、二秒と沈黙の時間が流れて、桜川は誤魔化すように笑う。


「まぁ……ん、そうだね。あー、んー、単刀直入に、研究を売ってくれない?」


 初が嫌な顔をしたのを見て俺はもう一歩前に出る。


「お引き取りを」

「いや、ちゃんとそれなりの謝礼は用意してるよ。即金なら一億程度は……」


 あまりの額に初を見ると、初は首を振る。いや、でも一億だぞ? 一億って大金だぞ、と思いはするが初の意見を尊重して、もう一度桜川に「お引き取りを」と口にする。


「……話ぐらいは聞いてくれないかな。別に悪用したいとかそういうことはなくてさ」

「いや……初っ端から中学生の娘に嘘を吐いて騙そうとした奴が言えたことじゃないよな?」

「別に嘘を吐いたわけじゃ……」

「いや、嘘を吐いただろ。そもそも死んですぐに来るって、親父本人には断られたから死んだ後にやってきたって口だろ? 信用されると思ってるのか?」


 俺が尋ねると、桜川は張り付いたような笑みをやめて俺をジッと見る。


「まぁ、一億ってのは本当だよ。出せない額じゃない」

「その額に意味はないだろ」

「……あー、んー、君は勘違いしてるね。どうせ断るのだから一億という数字には意味がないって思っている」


 当たり前のことを何言ってるんだ。と考えていると桜川は言葉を続ける。


「大切なのは、一億円なんて大金がポンッと簡単に動くような状況ってことだよ。一億円の価値がある情報……そんなの、少しばかり暴力的なことが起こってもおかしくなんてないよね」


 脅しの言葉……否ッ! 桜川の腕が動き、着物の袖からパッと棒が伸びる。

 初に叩きつけられようとしたその棒……特殊警棒を横に蹴って弾き、スキルによって壁に貼り付けにする。


 鎖によって足止めをしている間に初を抱えて数歩下がる。


 この女……迷いなく初を攻撃してきた。あんなもので殴られれば骨ぐらいは容易く折れてしまうだろう。


 冷や汗がダラリと垂れる。


「あれー? 防がれた。というかスキル持ちの護衛なんて雇っていたんだ。流石は西郷博士の娘さん、強かだね」


 桜川は先程と同じ調子で言葉を発する。……それにより明確に理解する。


 この女は、力尽くで研究成果を奪いに来たのだ。と。

 探索者という現代における最強の戦力が襲いかかっているのだ。と。


 平和ボケた頭が人間同士の戦いに拒否感を示すが、けれども桜川がそれを理由に止まってくれるはずもなかった。

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