転校×担任

「ヨクさん、ヨクさんは制服着ないんですか?」

「そういうの聞いてないな。急な話だったのもあるが……。そもそも高等部に人いるのか?」

「高校生はキタちゃんがいるよ。今年受験生」

「あー、同い年いるのか。制服着てるのか?」

「んー? いや、分かんないや」


 分からないってことはないだろ……。服装の話だぞ、見れば分かる。

 それよりも……降ろしていいだろうか、ミナを。


 朝食を食べて私服に着替えて、初とミナと三人で学校に向かうことになったが……めちゃくちゃ懐かれている。


 抱っこをせがまれて、頼まれるまま抱きかかえると今にも頬擦りでもしそうなほど顔を近づけてニコニコと笑っていた。

 可愛らしいとは思うし、体重も軽く大して疲れもしないが……直接的に好意をぶつけられたのが初めてのことで、どうにも気まずい。


 初の言う通りお行儀よく食べることが出来るように練習しようか。失望されたくない。


 しばらく三人で歩いていると角を曲がったところで立派な校舎が見える。


「…….ずいぶんとちゃんとしてるな。十人程度なのに」

「ああ、それは災害前と同じ校舎を使っているからですね。運良く壊れなかったそうで」

「教室の数が生徒の人数の数倍はありそうだな」


 随分と早く着いてしまったな。と思っていると校門にもたれた着崩れたスーツの男がこちらを見て手を挙げる。


 随分と適当な格好をしているが……年齢からして教師だろうか。


「おはようございます。先生」

「おー、西郷、久しぶり。……あんまり無理するなよ。一応、様子は見たいから学校には来てほしいが」

「はい。ご心配をおかけしてすみません」

「んー、そういうのじゃないんだが。えっと狩屋もおはよう。それとこっちのは……あー、例の西郷の兄か」


 ミナを降ろしながら挨拶を返すと「あー、色々説明するから着いてきてくれ」と言って歩いていき、初に「一限目は自習って伝えといてくれ」と振り返る。


 校舎の方に歩いていく教師についていき、玄関の下駄箱で初とミナと別れる。


 随分と気だるそうな男だと思っていると、不意に教師が口を開く。


「あー、西郷良九だったか。お前さ、学校に来なくていいぞ」


 予想だにしていなかった言葉に驚いて目を開くと、教師は「あ、違う違う」と慌てるように口にする。


「受験勉強とかあるだろうから、無理に通う必要はないってだけだ。出席日数とかは適当になんとかしてやるから」

「はぁ……ああ、お気遣いありがとうございます」

「というか、俺じゃ教えられないんだよな。中学生までなら何とかなるけど、専門は歴史で理数系はサッパリだし。そもそも西郷の成績は見たんだが、普通に俺よりも遥かに学力あるしな」


 教師はボリボリと頭を掻きながら職員室のようなところに入って「コーヒーでいいか?」と俺に尋ねる。


「ああ、はい」

「そこ座っていいぞ。あ、名前言うの忘れてたな。兵頭だ」


 言われるがまま空いた椅子に腰掛けると、兵頭はコーヒーを俺の前に置いてあくびを噛み締める。


「それにしても災難だったな」


 兵頭の言葉の意図が分からずにいると、彼は自分のコーヒーカップに指を付けて「あつっ」と口にしてから、言葉を付け足していく。


「あー、三年の春って言ったら色々とあれだろ? 受験もそうだけど青春とかアレコレ、こんな田舎だとなぁ」

「いえ、受験はどうにかしますし、別に友達も彼女もいなかったんで」

「えー、さっき狩屋に懐かれてたじゃん。友達ぐらいいただろ」

「……まぁまったくいないわけじゃないですけど、適当に駄弁ることがある程度ですよ」

「ほー、冷めてんな」


 あまり意味がないやりとりだ。何か探っているような気配がなんとなく見て取れて、ゆっくりと兵頭に尋ねる。


「……妹のことですか?」

「あ、あー、まぁ、平気かどうかはな」

「……知っての通り、昨日きたところなんで俺にはなんとも言えないですよ」

「冷めてんなー。というか、お前の親父さんでもあるんだよな。葬式とかいなかったけど……忙しかったのか?」


 この人は葬式に出たのか。田舎だからか、あるいは学校の教師で面識があったからか。

 俺が微妙な表情をしたことを察してか首を横に振る。


「ああ、いや、別に責めてるとかじゃなくてな。色々事情があるだろうし……。悪い」

「いえ。兵頭先生に慮ってもらっていることは分かってます。知っての通り離れて暮らしていたのであまり実感が湧かないって感じです」


 兵頭はボリボリ頬を掻く。


「あー、そんなに畏まった話し方しなくていいぞ。俺は何も教えられないしな。先生と言われるようなもんじゃない」


 そう言ってから、兵頭は手書きの地図を俺に渡す。


「これは?」

「俺ん家、下のはメアドと電話番号。しばらく困ることも多いだろうし、何かあったら来たらいい。必要な物とか足りないだろ? 休みの日なら車ぐらい出してやるから」

「……流石にそれは悪いので」

「ラーメンぐらい奢るぞ?」

「いや……ありがとうございます。気持ちだけもらっておきます」

「でもラーメンだぞ?」


 ラーメンの奢りにそこまでの魅力を感じていない。


「……じゃあ、困ったらお願いします」

「頼む気ねえな? ラーメンなのに。あー、校舎の案内だけど、お前の妹に任していいか? 多少動いている方が気も紛れるだろうしな。今度の休みにでも二人ともラーメンでも食いに行くか?」

「……ラーメンに対する信頼強いですね」

「美味いからな。えーっと、あとこれは学校の資料、読まなくてもいいけど一応暇な時に目次ぐらいは目を通しておいてくれ」


 分厚い冊子を受け取って思わず眉を顰める。


「それ、十年以上更新されてないし、十年の間に生徒が三分の一になってるから本当に参考にならないぞ。あ、今の生徒数は小学生が5人の中学生が3人で、高校生が2人な。教師は俺と校長と養護教諭の3人」

「……それ法律的に大丈夫なんです?」

「さあ? まぁ監査なんてこないし、大丈夫なんじゃないか」


 適当だな……。まぁ俺としては高卒という資格が取れたらいいだけだが……。


「ああ、社交辞令とかじゃなくてマジで頼ってくれていいからな? 勉強以外」

「……勉強を教えるのが本分では……」

「いや、流石に進学校のトップレベルは無理。まぁ参考書を買いに行くのに車は出すって。そういうのは通販だと選びにくいだろ」

「……それはそうなんですけど」

「遠慮はいらないし、気にすんなよ。俺は学力とかの問題でお前の先生にはなってやれないけど、俺からしたらお前は生徒だからな」


 ……いや、普通は生徒にそこまでしないだろう。思わず少し笑ってしまい、兵頭はそんな俺を見て「ま、よろしくな」と口にする。


「よろしくお願いします。兵頭先生」

「先生って呼ばれるのはあれだが……おう。じゃあ、とりあえず教室に案内するな。俺は基本小中学生の方を一辺に教えているからそっちから紹介するな」


 出されていたコーヒーを一気に飲み干して、少し慌てて兵頭の後を追う。

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