マンホール

深夜徘徊が好きだと伝えると、聞いた人は皆揃って嫌な顔をする。

悪趣味だから止めろ。不審者に会うかもしれないから止めろ。色々言われたけど。


一番多かったのは、「何か」に魅入られてしまうかもしれないから。だった。




これを趣味にして、もう一か月程になるだろうか。

この場所に、日中帯で見られる明るい雰囲気はどこにもない。

自分が暮らす町の違う景色は、得も言われぬドキドキを味わうことが出来る。

……といっても、結構怖がりの自分はそこまで離れた所までは行かないが。

不審者に間違われないようにラフな格好で出向き、近所を20分ほどうろうろ歩く。

最近ではほぼ毎日行ってるが、有難いことに今まで怖い体験はしていない。

たまーに同じ趣味を持つ人とすれ違う時は、あったけど。




「たすけて」


確かに聞こえたその声に、来た道を引き返して周辺を捜索する。

幼い子供のか細いヘルプを黙って見過ごすほど、腐った人間ではない。

携帯のライトを頼りに人の気配を感じない住宅街へと足を踏み入れた。


「たすけて」


聞こえる声はどんどん大きくなり、俺の目を動かす速度も増していく。

どこだ? どこにいる? 大丈夫か?! こちらも声を出して返事を求める。

だけど答えはない。ただ、助けを求める声だけが真っ暗な世界に消えた。




この肌寒さは季節のせいか、目の前にある「これ」のせいか。

幼い声は、信じたくはないけどマンホールの下から聞こえていた。

虐待かよと一瞬だけ思ったが、直感で分かる。そういう感じの叫びではない。

誰かを誘ってるような、誰かがこのマンホールを開けるのを待ってるような。

もしこの場面を誰かに見られていたら、自分が変な人に見えるだろう。

俺はゆっくりと、少しづつ地面に耳を近づける。両手に冷たい感触が張り付く。


「早く開けてよ」



この下に何が居るのか分からない。ただもう、触れない方が良いような気がした。

荒くなった息を整え、少し駆け足でこの場所を離れる。

俺は今までのように散歩をして、いつもと同じ帰り道で自宅へと戻る。

歩くたびに下から聞こえてくる声はきっと気のせいだ。無視しないといけない。






あれから俺は深夜徘徊をしなくなった。

いや、深夜どころかまともに外出もしていない。

別に俺の幻聴の可能性だってある。実物を目撃もしてないけれど。


マンホールの近くを通るたびにさ。

何度も何度も下から聞こえてくるんだよ。

あの時とは違う恨めしそうな女性の声で。



「どうして助けてくれなかったの?」って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る