コジャクさん
「コジャクさんが、家に来たの!」
塾から帰ってきたら、妹が嬉しそうに話しかけてくる。
ぼくは何のことか分からなかったけど、妹の知り合いかと思って聞き流した。
でも、学校に「コジャク」なんて名前の人、いたっけな?
「コジャクさんがお土産を持ってきてくれたわ」
学校から帰ってきたら、お母さんが笑顔でそう言った。
ぼくは相変わらず誰の事か分からなかったけど、紙袋の中のお菓子は美味しかった。
そういえば、何で僕が外に出てる時にしか来ないんだろう?
「お前、コジャクさんの事は好きか?」
真剣な顔でお父さんに言われて、ぼくは首を横にも縦にも振ることが出来なかった。
最近いつもそうだ。コジャクさんって誰なの? みんな、その話ばっかりだけど。
ぼくは会った事も無ければ聞いた事も無いのに。何だか輪に入れなくて、寂しい。
ぼくは家への帰り道を歩きながら考える。幸せが逃げるけど、ため息を吐きながら。
家族だけだった。コジャクさんを知っているのは、ぼくの家族だけ。
学校の友達、先生、周りに聞いてみても、みんな何のことか分からない顔をしていた。
じゃあ、一体誰なんだろう。ぼくの家にだけ現れる、コジャクさんって。
「教えてよ、お爺ちゃん」
家に帰るとすぐ自室に戻って、ぼくは田舎で暮らしているお爺ちゃんに電話をした。
とっても物知りな人だし、きっとコジャクさんの事も知ってると思ったから。
ぼくが知りたいと伝えると、お爺ちゃんは電話口の向こう側で「うーん」と考えてるみたい。
「申し訳ないが、分からん」
「ただ、悪い人ではない。そこまで気にする必要もないじゃろ」
ぼくはその言葉を聞いて安心した。だって、実は怖い人だと思ってたから。
お爺ちゃんにそう言われ、僕は電話を切って意気揚々と階段を下りていく。
ドタドタドタと、音を立てたらお母さんに怒られる。そんなことも忘れて。
そこには、コジャクさんがいた。
真っ黒で、背がとても高くて、頭をゆらゆら揺らしながら辺りを見回している。
ぼくは咄嗟に目をそらし、椅子に座って雑誌を読んでいたお母さんに話しかけた。
「お母さん、今日の晩御飯はなに?」
コジャクさんの揺れが、止まった気がした。
背後から気配を感じる。少しづつ近づいてるような。
でも、ぼくは後ろを振り向けない。平静を装って話しかけ続ける。
「ぼくは、ハンバーグが食べたいな」
この人をお母さんとか、他の家族も見ていたの?
この人は、本当に悪い人じゃないの?お爺ちゃん。
「あら。今日は唐揚げにする予定だったのに」
「ねえ君見えてるよねどうしてこっちを見ないの振り向いてよお願い君が……」
「もう少しであんたも誕生日だし、特別にハンバーグにしましょうか」
「答えてよ嘘をついても無駄だからね見えてないわけがないよさあほら頷いて……」
お母さんの声に混ざって、途切れ途切れにノイズ掛かった変な声が聞こえた。
絶対に後ろを見ちゃダメだ。どうなるか分からないけど、絶対に。
「……………………………………………本当に見えてないのか」
その瞬間、後ろの気配がふっと消えた気がした。
恐る恐る後ろを見ると、そこにはもう何もいない。
ぼくは安堵して、途端に晩御飯の事で頭がいっぱいになった。
「なあやっぱり見えてるよなこっちが動くと目を逸らすから見えてるんだろ……」
あれから、ぼくにはコジャクさんが見えるようになった。
「見えてるって言えばそれで終わるから君が最後の一人なんだよ早く……」
家に帰ると毎日毎日隣に立って、ノイズ混じりの声で語り掛けてくる。
この声に返答したらどうなるかは分からないけど、ぼくはもう耐えられそうにない。
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